かもめブックス柳下恭平さんと岩崎夏海が考える、書店と出版社のこれから<後編>
「かもめブックス柳下恭平さんと岩崎夏海が考える、書店と出版社のこれから(前編)」の続きです。
最初のミッションはネットでのプロモーション
柳下 ところで、岩崎書店のイノベーション部には、具体的にどんなミッションがあるんですか?
岩崎 インターネットで本をアピールすることが、最初のミッションです。
柳下 じゃあ、宣伝イノベーションというイメージですか?
岩崎 いくつかの段階があると考えています。まずは、これからは取次に卸せばそれで仕事終了ではない、という意識を社内に根付かせたい。そのために手始めに簡単にできることが、予算がかからず参入障壁が低いインターネットのプロモーションです。
そこで一番重要なのは、編集者は「作ったら終わり」ではないということです。買うかどうかわからない潜在顧客まで含めたお客様に対して、的確に、しかも低コストで、情報を届けることが重要だと伝えています。宣伝費を使った告知は褒められません。宣伝費を使わずに顧客に届ける、ということを根付かせるのが、まず第一段階です。
そして次の段階では、「岩崎書店はこういう会社」というブランドを作るのが目標ですが、それは、お客様とのコミュニケーションとの間で生まれてくると思っています。
柳下 どんな形で生まれるのですか?
岩崎 ネットでプロモーションすれば、コメントや返信という形で、ネット上でリアクションが返ってきます。その流れを見れば、岩崎書店が世間からどんな風に見られていて、どんなことが求められているのか、という情報を得られるし、岩崎書店の進むべき方向性が、少しずつ見えてくると思うんです。編集者もそういう形でお客さんと密につながれば、こういう本を作ってみようとか、こんな本を出したら喜ばれるんじゃないかという、ブランドらしきものが、自然と醸成されていくと思っています。
もちろんそこには、お客様の意見だけじゃなく、それに対して我々は何ができるかという、こちらからの提案もあります。最終的にはブランドをつくって、とにかく岩崎書店の本だから信頼して買ってもらう、という「指名買い」みたいな形もありじゃないかと思うんです。そうなれば、取次や書店に頼らなくても、直接、お客様が、ネットや電話で注文することもできますし。
究極の本屋は、自分たちで作った本しか売らない
柳下 ちなみに、例えば岩崎書店が書店を百貨店の中に作ってみる、というようなことはお考えではないですか?
岩崎 それはちょっと、時期尚早というか、波風を起こしちゃう気がして。
柳下 僕ね、その辺が全然わかっていなくて。こんなに長くこの業界にいながらですけど、何がいけないのかなと思っちゃうんですよね。僕は、校閲の仕事、そして本屋を立ち上げたわけですが、究極の本屋は、自分たちで作った本しか売らない本屋だと、最近思っているんですね。
極端に言えば、限定300部の本を千種類つくって、その本屋でしか売らない。するとその本屋には、「この作品は僕が編集したんです」という編集担当者がいて、当然、作家さんもそこで打ち合わせしたりして、しかも、目の前でお客さんが、自分たちがつくった本を買ってくれるわけです。
回転率を上げるとか、来場客数を増やすということよりも、単純にマーケティングとして「この人がこの本を買ってくれた」という事実が見えて、相当わかりやすい気がするんですよ。
岩崎 これは自分の経験ですが、自分が書いた本を「面白いよ」と勧めると、相手から色眼鏡で見られるんですよね。それは、本が売れることが利益につながる当事者という意味では、担当編集者でも、もっと言えば、書店員さんが勧めても同じなんです。ところが、第三者が「この本面白いよ」と勧めたら、買ってくれる。まったく利害関係のない人が勧めるから信頼できる、という見方が、今はSNSで顕著になっていますね。だから、利害関係のない人を巻き込んでいくことが重要だと感じています。
僕は秋元康さんの弟子だったので、AKBの仕事も一緒にしていましたが、そこで知ったのは、ファンというものは、対象であるアイドルだけでなく、自分以外の他のファンを見ているんですよね。友達が熱狂してるから、「そんなに好きならどんなものか見てやろう」と来てみたらはまってしまった、というパターンが、ほとんどだったんです。ファンがファンを連れてくるという図式です。秋元さんは、「ファンが集まるところが、宣伝には最適な場所だ。だから、熱狂するファンを作ることに注力しよう」と言っていました。
柳下 おっしゃる通りかもしれません。ただ、聖地巡礼者じゃないですけど、ファンができたら、それこそ岩崎書店の書店に行きたくなる、というのも一つの道である気がします。究極のB to C は、自分たちで作ったものを自分たちで売ることですから。
古いものの価値と新しい個性を
岩崎 これまで本が担っていた役割の一つである「情報の伝達」は、もう果たせなくてもいいのかもしれません。情報伝達以外に本が持っている、例えば紙質、作家や編集者が込めた念、そして物体、物質そのものなどによって、魅力的な本を作れるようになった側面もあるんです。そうなると、棚に並べて「よかったら手に取ってください」というよりも、一冊一冊を大事に、宝物のような形で売っていく売り方のほうが、より本の意味合いとマッチしてる気がしています。だから僕も、内容と同じぐらい、もしかしたらそれ以上に、装丁や紙質にこだわって本を作っています。
柳下 わかります。たとえば電話帳も、ただの数字の羅列でも組版が美しいだけで、オブジェクト感が出ますからね。
岩崎 実は、ある方とお会いした時に、「岩崎書店にいい本があるんだよ」と言われました。1960年代に出版した絵本で、子どもの頃に読んですごく感動したけど、その時は高額で買えなかったから、大人になったら買おうと思っていたそうです。ところが、いざ買おうとしたら、既に再版未定になっていて、インターネットで探したところ、プレミアがついて6万円くらいになっていて、結局買うのをあきらめたと言うんです。
柳下 あらま。
岩崎 そんな本が岩崎書店にあるなら復刊しては、という話になりまして。
柳下 すごく素敵ですね。和田誠さんの作品ですか。
岩崎 そうです。昔の本なので、当時の装丁を再現するのに難航しましたが、幸いなことに、原稿も残っていたので。
柳下 それは貴重ですね。
岩崎 シリーズで12冊あったんですけど、残念なことに、和田誠先生以外は全員亡くなっていたので、復刊の許諾を取るのに難航していますが、なるべく出していきたいと思っています。
柳下 本の造りも、今と違いますよね。
岩崎 「合紙絵本」という昔の製本手法で、片面ずつ印刷した紙を張り合わせて作っています。実は当初、昔と同じ合紙本にするには、手作業の部分が発生して莫大なコストがかかるといわれました。そこを粘り強く研究し、印刷・製本会社さんにも協力していただきながら、紙の厚さなど工夫を重ねた結果、なんとか機械でも再現できました。
『ぬすまれた月』(ポニー・ブックス復刻版)和田 誠 著
柳下 裏写りもないですね。少し重みもありますから、必ずしも利便性に優れているわけではないかもしれませんが、60年代独特の何ともいえない味わいがありますね。
岩崎 こういう、古いものの価値を改めて認めて、場合によっては復刊しながら、新しい個性も出していきたいと考えています。栁下さんがおっしゃった売り方のようなことも、我々が真剣に考えていくべき、イノベーション部の事業のひとつかもしれません。
コンピューターに代替されない能力を養い、自問し続ける
岩崎 実は、改革はイノベーション部だけのことではなくて、岩崎書店全体で働き方改革もやっているんです。
直近の働き方の課題は、いずれコンピューターやAIなどに代替されてしまう、ルーティンワークを見直すことです。淡々とこなせる仕事を主業務にしていては、おそらく将来、その人自身が困ることになるのではないでしょうか。
だから、現在の仕事をしつつ、コンピューターに代替されない能力を養う意識を常に持ってほしい、と考えています。もちろん社としても、その能力を鍛える機会を設けていきますし、個々人の自覚も必要だということを、社員には繰り返し伝えています。
かもめブックスさんではいかがですか?
柳下 今年入った新卒の子には、「この仕事は、15年後も別のやりがいがあると思うよ」という話をしました。これを言い続けることが、僕にとっての働き方改革ですね。まぁ、だからこそ本屋をやっているわけですが、果たして15年後も本だけで商売しているのかということは、自問し続けてほしいなと思います。
本というパッケージ、アーカイブはなくならないと思いますが、それこそ漢方薬みたいなものかもしれない。風邪をひいたら、とりあえず葛根湯を飲む人もいるでしょうが、圧倒的に多いのは、病院に行く人でしょう。
そういう意味で、本というのは漢方薬のような役割になるかもしれないと思っています。しかも、この漢方薬は馬鹿にできなくて、基本的な技術をまず持ったうえで、実はTwitterがいいかもしれないとか、パワーポイントに組み込むだけでプレゼンの誤植がなくなるかもしれないとか、他の情報リテラシーにどう応用して、どういう提案ができるかということが、おそらく今後の我々の商材にとっては、すごく大事な気がしています。
岩崎 鴎来堂、かもめブックスさんの場合も、人との接点が不可決だからこそ、社会の変化に対して敏感にならざるを得ないし、社会の変化に影響されてどんどん変わっていくことが常態だというのは素晴らしいですね。
いっぽうで出版社は、本当は顧客に敏感に対応しなければいけないのに、今のこのビジネス業態では、版元と読者の間にどうしても距離があります。その部分を変えて、変化や社会への対応を常態化するしくみを、もっと作っていきたいですね。
柳下 すごくわかります。僕は鷗来堂とかもめブックスの初代の代表ですが、初代と2代目、3代目、4代目って、別のスキルが必要な気がしているんです。例えば、おにぎり屋さんを始めたとして、じゃあ、2代目も3代目もおにぎり屋さんでいいのか、ということだと思うんですよ。要するに、会社は誰のものかという問いには、様々な答えがあって、それは社長、従業員、株主、いずれもあると思います。でも、基本的には、社会が求めるからこそ売り上げがたつわけだから、社会のものだという気がするんですね。
岩崎 そこに会社の存在価値があるわけですね。
柳下 僕は初代の社長として、校閲を専業とした会社を経営していますが、2代目3代目にそのまま引き継がれていったときに校閲しかできないのは、非常にリスクが高いなと思ったんです。あと15年ぐらいの間に、別の業種にチャレンジしてもいいんだよ、ということを、社史に残したいと思っています。そうすることで、次の代がやりやすくなるような気がして・・・。
例えば、什器メーカーのITOKIは、最初はレジスターやホチキスなど、商店周りの特許を取るところから始めて、今はオフィスの総合環境メーカーになろうとしていますが、それは100年の歴史があってこそできたことなんですよね。
岩崎 そうですね。
柳下 今はもちろん同じ時代にいますが、変革期が何代目かによって、やることが変わって、それを受け継いだままイノベーティブになるのか、そもそも、もうイノベーションの必要がないのか・・・うちの会社は僕が創業したので、イノベーションも、そもそもその前がない。そういう意味では、かなり面白いと思いますし、僕はラッキーだと思っています。
今は変革することから逃げ切れない時代だと思いますが、僕らが今、65歳だったら、おそらくこんなことはやってないと思うんですよ。そして、仕事を覚えたり、決裁権や営業権がない20、30代を終えた後に、今この時代にいることが、とてもラッキーな気がしてます。社員のみんなには、今はそんな時代だけど、この後も変革期を続けていいんだ、ということも意識してくれるといいなと思います。そう考えると、出会う時期は大事ですよね。
岩崎 確かにそうですね。僕たちは「昔も知っているし、新しい時代も知っている」という端境期に生きている。出会う時期によって、やるべきことは変わってくるのですから。
本日はありがとうございました。
柳下 こちらこそ、ありがとうございました。
関連記事:かもめブックス柳下恭平さんと岩崎夏海が考える、書店と出版社のこれから(前編)
投稿者:michelle