かもめブックス柳下恭平さんと岩崎夏海が考える、書店と出版社のこれから<前編>
こんにちは。岩崎書店イノベーション部の山田と申します。
岩崎書店では昨年、岩崎夏海社長の就任に伴い、新たにイノベーション部を立ち上げました。文字通りイノベーションをするための部署として、このブログをはじめ、業界の常識にとらわれない新たな試みを始めています。そこで今回は、社長の岩崎夏海が、岩崎書店の書籍でお世話になっている書籍専門校閲会社「鷗来堂」の社長であり、神楽坂の話題の書店「かもめブックス」の店長さんでもある柳下恭平さんに、これからの書店と出版社についてお話を伺いました。
柳下恭平(やなしたきょうへい)
株式会社鴎来堂(おうらいどう)、かもめブックス代表。
業界構造は変わらない。変わったのはマーケット
岩崎 以前鷗来堂さんの社内報誌で、先代社長(2016年まで)の岩崎弘明を取材していただいたそうですね。今回は逆に私どもからの取材となりますが、よろしくお願いします。
柳下 こちらこそよろしくお願いします。ところで、イノベーション部という部署ができたそうですね。
岩崎 はい。本を取り巻く状況は、大きく変化しています。その中でも、特に本の売り方が変わっていかざるを得ないだろう、という実感がありました。これまで出版社は、取次会社に本を卸すまでが仕事で、書店は営業活動をしなくてもお客さんが来る、という状況がずっと続いていましたが、書籍小売業の減少に伴い、その図式ではビジネスが成立しなくなってきました。そこで、出版社が書店に人を呼ぶような状況を作ろうと、イノベーション部を立ち上げました。
柳下 なるほど。マネタイズの方式で考えると、
(1)版元は、本を作って取次に卸す=本を作り続ける
(2)取次は、上流から下流にものを動かす=本を動かし続ける
(3)書店は、お客様に本を売る=本を売り続ける
という三層構造で成り立っています。この構造自体は、恐らく変わっていないですよね。変化しているのはマーケット?
岩崎 そうですね。構造は変わっていません。
柳下 1990年代半ばをピークに、本の販売実績は長期的に下がり続けています。しかし、新刊の刊行点数と書店の売り場面積が増えているため、出版物自体は、逆に増えています。ですので、(1)と(2)は、恐らくしばらくは構造が変わらない。ところが、5年ほど前から(3)が限界にきていると言われていますね。
岩崎 急激にね。
柳下 そこで、マネタイズの「構造」が揃えられないなら、「方法」を揃えるのが実は先なんじゃないかと思ってます。
岩崎 なるほど。
書店に代わり、出版社が宣伝の場をつくるべき
柳下 出版社が取次会社を通さず、書店と直接取引する、という発想もありますが、僕はそうは思っていません。直取引をしたとしても、結局は、流通倉庫が必要なことに変わりはない。それなら、今のインフラを使ったほうがいいじゃないかという、「取次必要論」になる気がしています。
その点アマゾンは、流通倉庫としての機能と、小売と取次の機能を併売しているのが、面白いですよね。小売と流通、両方を見る必要があるので、彼らは、売ることと動かすことのマネタイズを揃えた企業だと思うんですよ。しかし、出版業界は…そもそも、出版と書店と取次は、別の業界。なぜ足並みを揃えようとしているのか、すごく不思議な構造だなと、本屋を始めてから思っています。
岩崎 駅前など、立地のいいところに構えた店に、多くの人が通勤や通学ついでに書店に立ち寄った時代は、出版社の営業の仕事は、棚を確保することでした。書店に集客力があるため、書店の棚が宣伝の場所=メディア化されていたのです。業界の言葉で言うと、面陳(背ではなく表紙を見せて陳列)を見て、買うきっかけになったりね。
今は、どちらかと言えば、目的の本を探しに書店に行くことのほうが多いのではないでしょうか。そうなると、宣伝のために棚を確保することにはあまり意味がなくなり、書店は、メディアとしての役割を完全には果たせなくなってきます。そこで出版社が、自らお客さんにリーチして、本を宣伝する場を作る必要があると感じています。
柳下 「書店メディア論」というわけですね。書店の魅力という意味では、お店への「入りやすさ」も挙げられると思います。例えば喫茶店に入ったら、座って飲み物を注文する必要がありますが、書店やアパレルなどは、冷やかしでお店に入っても、商品を買わずにそのまま帰ってもいいわけです。接客の概念は薄まりますが、店と客の適度な距離が保てることで、気軽に入れるというよさがあります。
顧客が書店に求めるものが変わった
柳下 書店の役割が変化した要因のひとつとして、僕らが求めているものが、変わっている気がしています。例えば、現在の書店の形態は、Amazonなどのネット書店とリアル書店のチェーン店、そして、「かもめブックス」のような小さな街の書店などがあります。リアル書店の店舗数は、90年代後半から減っていますが、一店舗あたりの坪数は増え、大型化していますね。
店舗形態ごとの強みと、お店に入るシチュエーションで考えると、
・ネット書店=目録の役割・・・「この本が欲しい」と思ったとき
・ナショナルチェーン=豊富な品揃え・・・ジャンルごとに新刊を探すとき
・街の書店=個性的な品揃え・・・「何かないかな」とふらっと入るとき
となりますよね。そうなった場合、顧客が書店に求める買い方として、「何かないかな」から「自分が欲しい」という絶対評価と、星がついている数の相対評価を気にする心情的な変化が増えている気がします。その結果として、書店がメディアとして役割を果たさなくなってきたのか、それとも、マーケット自体の力が弱くなってきているのか・・・そういう現象が、同時にじわじわと起こっている気がしますね。
岩崎 そうですね。しかも、同じことが出版業界のみならず、あらゆる業界で起きている。メディアの役割である情報提供が、現在は、生活必需品にまで求められていますが、これは、新聞やテレビなども含めた、すべてのメディアに共通して言えること。その点では、書店の役割も、本当は変わっているはずなんです。でも、そのニーズに対応している書店は、実はまだまだ少ないような気がします。
書店を大型化した理由の一つとして、そのニーズに対応せざるを得なくなった、ということもあるのではないでしょうか。大型書店に足を運ぶのは、大量の本の中から自分好みの本をさがすきっかけにもなりますが、なんとなく雰囲気でふらっと入って、全体をスキャンするように見て、ぱっと何かを見つけるということもあるかもしれません。ネット書店では、ある程度目的がなければたどり着けないと思います。
柳下 そうですね。確かにネット書店は、この本が欲しいというときのツールになる。
岩崎 書店が大型化しているのは、スキャン機能を活かして、本を発見する確率を高めようとしているのが理由ではないでしょうか。しかもおそらく、大型化の特徴として、棚は「縦」には伸びていないんですよね。
柳下 たしかに!
岩崎 縦に伸びる本屋が減って、横に広がっている気がします。横に展開することで、スキャン機能果たすからではないでしょうか。階段をあげるという行為が、スキャンをするうえで障害になりますから。
でも、最近ではそれも限界にきていて、大型書店といえども厳しくなっています。そこで今度は、書店が提案という形でリコメンドする本が、出会いのきっかけになるんじゃないか、と期待する人を顧客にする商売形態が、ここ1,2年で来ている感じがします。そうなると有利なのが、小さな書店ですよね。小さな書店は、スキャン機能で勝負できないから、提案型にならざるを得ない。
書店主か、もしくは書店そのものが、キュレーターやリコメンダーみたいな機能を持つことによって、その書店のファンを作り、その書店が推薦する本だから買うという、顧客の輪を広げていくことが、大型書店よりもやりやすいのかなと。
柳下 僕も、大型書店よりも小さな店の方が、切り分けやすいと思いますね。かもめブックスもなんとなく、ふらっと立ち寄れるようなデザインにしました。たぶん10~15分ぐらいでひと周りできるぐらいの大きさのほうが、毎日寄ってみようという気になるんじゃないかと考えたんです。大型店が「横に伸びた」という分析も、すごく実感があります。
ただ、一度にいろんなジャンルの本を買うお客様はあまりいません。例えばマンガを買う方がマンガの専門店で買う感覚に似ている気がしますね。だから、縦に伸ばすことも可能なのですが、「ひと通り見た」ことに安心感を覚えるという人間の感覚を鑑みて、かもめブックスの場合は、店舗の全体面積41坪のうち、書籍の棚を19坪に絞りました。残りはギャラリーとカフェにしましたが、それがすごく大事だと感じています。
編集者は「作ったら終わり」ではない
柳下 出版も書店も、斜陽産業と言われますが、今でも、出版業界に入りたいという新卒の学生さんは、大勢います。ただ、書店を経営するには初期投資がかかるので、コンビニや飲食店を始めた方が回収しやすいでしょう。単純に構造として書店が増えなければ、売る場所がなくなるという課題もあります。とはいえ、何もしなければ、何も変わらない。自分でできることをやってどんどん売っていこうと思うようになりました。
岩崎 例えばどんなことですか?
柳下 「ここでしか買えない」とか、「物」というより「体験」として売るなど、いくつか方法がありますね。例えば、お土産みたいに記念品にしたり、ワークショップを開催したりと、ユニークさで勝負しています。
岩崎 過去に遡ると、1970~90年代は高度成長に伴って、バブルのように知識層=本を読む人が増えました。この現象は、出版業界が努力した結果というよりは、社会変化の恩恵に与ったわけで、それゆえに、「これでいいんだ」と甘んじる構造ができてしまいました。
現在の出版社の経営陣は、その時代に中心になって働いていた方が多く、いわば成功体験の持ち主です。問題は、その成功体験は、彼らの手柄ではないということ。なのに彼らは、「俺たちがこんなに売ったんだから、お前たちも売れるはずだ」という、成功体験に基づいた経営をしているので、なおさら改革が進まないんです。
柳下 なるほど。確かに、ベビーブーム後に大学がたくさん創設され、受験産業が活性化して出版に有利になった時期でもあるでしょうし、マーケットが広がっていった時期は、営業よりも制作に力を入れた方が売れたのかな。
岩崎 もう何を刷っても売れるみたいな。
柳下 そういうことなんですよね。
岩崎 確かに、「いい本を作れば売れる」と言うのは、一面には真理かもしれませんが……。とはいえ、出版社は出版社である限り、本を出し続けなければいけませんし、本を出し続けるうえで何が必要かということを、改めて考えなければいけない局面にきているのです。
後編に続く
投稿者:michelle