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追悼・ホーキング博士  佐藤勝彦さんに聞く、天才宇宙物理学者が最後まで追い続けた宇宙の謎

英国の理論物理学者スティーヴン・ホーキング博士が、今年3月に76歳で亡くなりました。

アインシュタインに次ぐ、もっとも優れた宇宙物理学者であり、筋委縮性側索硬化症(ALS)と闘い続けてきた「車いすの天才物理学者」として、宇宙の魅力を一般の人々にも広める活動を精力的に行い、世界中から愛されたホーキング博士。宇宙や科学のおもしろさを子どもたちにも伝えたいと、晩年、初めての児童向け書籍として、娘のルーシーさんと共同執筆した「ホーキング博士のスペース・アドベンチャー」シリーズ(発行:岩崎書店)は、科学と物語がひとつになった壮大な宇宙冒険ファンタジーとして、小学生から大人まで、世界中で幅広い世代に読まれています。

今回は、生前にホーキング博士と親交があり、同シリーズ日本語版の監修をご担当いただいている宇宙物理学者の佐藤勝彦さんに、ホーキング博士の功績や交流のエピソードなどを伺いました。

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佐藤  勝彦 (さとうかつひこ)

宇宙物理学者。東京大学名誉教授、独立行政法人日本学術振興会学術システム研究センター所長。専門は宇宙物理学・宇宙論。1981年に「インフレーション宇宙論」を提唱。著書に『相対性理論』『宇宙論入門』(岩波書店)、訳書に『ホーキング、未来を語る』(アーティストハウス)、『ホーキング、宇宙のすべてを語る』(ランダムハウス講談社)、『ホーキング、宇宙と人間を語る』(エクスナレジ)他多数。

 

ホーキング博士の偉大な業績

 

ホーキングさんと出会ってお話しするようになったのは、私が「インフレーション宇宙論」(※)を提唱したころからでしょうか? 1980年の前半だと思います

※インフレーション宇宙論・・・宇宙誕生の10-36秒後から10-34秒後という超短時間に、極小だった宇宙が急膨張し、その際に放出された熱エネルギーがビッグバンの火の玉になったと説明する理論。物価水準が急上昇する経済用語「インフレーション」にちなんで名づけられた。

ホーキングさんは、主にアインシュタインの一般相対性理論を用いて、宇宙の始まりや現象を解明する研究をなさっていました。彼の業績を挙げればきりがありませんが、1968年に発表した「ブラックホールの特異点定理」、1974年に発表した彼の最大の功績である「ブラックホール蒸発理論」、そして1983年に発表した「無境界仮説」など数々の独自の宇宙論で、現代の宇宙論に影響を与え続けました。

特異点定理とは、一般相対性理論に基づいて、宇宙は特異点から誕生したことを証明する理論です。特異点は、無限大に強力な重力が作用している点で、すべてが一点に集中してしまい、物理学の法則が破綻してしまっている点です。当時、多くの研究者は、宇宙が特異点で始まるということは、いわば神による宇宙の創生を認めるようなもので、きっと宇宙の始まりも物理学の法則できちんと記述できるはずに違いないと考え、一生懸命研究をしていました。彼はこの努力はまったくの無駄であることを証明してしまったので、学界に大きな衝撃を与えました。

さらに、「ブラックホールは熱を放出しており(ホーキング輻射)、最終的にブラックホールが蒸発する可能性がある」と指摘した「ブラックホールの蒸発理論」は、それまでの「ただひたすら周囲の物体を呑み込み、質量が増大していく」というブラックホール論を、根底から覆しました。

1983年には、宇宙には境界や端はないという、「無境界仮説」を提唱しました。特異点定理の証明に使われたのは、一般相対性理論のみでしたが、ここに量子論を加味することで、ホーキングさん曰く「果てのない条件から宇宙は生まれることができる」無境界仮説が成り立ったのです。

さらに、ここに私やアラン・グース氏が提唱したインフレーション理論が加わることで、「無境界仮説で宇宙が生まれ、インフレーションが起きて火の玉の宇宙になり、それが膨張し続けて、やがて星や銀河が生まれ、今日の多様な宇宙ができた」というホーキングさんの言葉通り、まさに宇宙創生のシナリオができたのです。

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フレンドリーで好奇心旺盛な人柄

 

──1988年に出版した『ホーキング、宇宙を語る』は、世界で一千万部を超えるベストセラーに。世界各地で宇宙論の講演活動を行い、何度か来日もされました。

インフレーション理論が出た頃から、東京大学での宇宙論の国際会議などに来日していただく機会も増え、安田講堂での一般市民向け講座でも、ホーキングさんに何度か講演をお願いしました。

学者の講演というのは、たいてい、通訳することも難しい専門用語のオンパレードです。このため、来場者の中には、おそらく「講演の内容はよくわからないけど、ホーキング博士の顔を見てみたい」という方も多かったと思います。しかし、ホーキングさんは実にお話が上手で、しかもフレンドリーな方です。科学の知識がない一般の聴衆のために、ジョークをうまく織り交ぜながら、宇宙論やご自身の半生などについて、楽しくお話してくださいました。

 

──ホーキング博士との交流の中で、印象に残ったエピソードはありますか。

ホーキングさんには、海外のシンポジウムなどでも何度かお会いしましたが、好奇心の塊のような方でしたね。たとえば、スウェーデンの山奥の湖を見学するツアーでは、ヘリコプターには車椅子を乗せられないので、看護師さんに抱きかかえてもらって乗り込みましたし、カナダのカルガリーでは、氷河を見学するために、音声合成装置を外してでも雪上車に乗られました。とにかく、興味のあることは、何でも積極的に挑戦するんだ、という気持ちの強さを感じました。

また、これはまったくの偶然なのですが、私の長男とホーキングさんの息子さんが、ケンブリッジのパブリックスクールで同級生だったのです。息子から聞いて驚きましたが、ホーキングさんとお会いしたときに、学校教育や成績表の話などで盛り上がりました。

 

宇宙は、謎に満ち溢れているから面白い

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「ホーキング博士のスペース・アドベンチャー」シリーズは現在①~Ⅱ-②まで刊行している。

──近年は、子ども向けの物語「ホーキング博士のスペース・アドベンチャー」シリーズの出版や、人類の未来に対して言及されることありました。未来を担う子どもたちへの特別な思いがあったのでしょうか。

昨年、私が最後にホーキングさんにお会いしたときは、精力的に講演を行い、若い人たちと一緒に、新しく面白い研究も進めていました。生涯を通じて、好奇心の赴くままに、新たな謎の解明に挑戦し続ける姿を見せてもらえたと思います。

ホーキングさんは、彼の人生やこの本のシリーズを通じて、「この世界や宇宙は、謎に満ち溢れているから面白いんだよ」ということを、若い人たちに伝えたかったのだと思います。子どもの頃は、わからないことがたくさんありますが、わからないことや、不思議に思う気持ちを大事にしてほしいと、私も常々思っています。疑問に思ったことは、先生や周りの大人にどんどん質問して、もし納得できなかったら、また質問すればいいのです。わからないことをそのままにせず、新しい知識を蓄えながら自分の力で解決し、謎をどんどん突き詰めて探求し続けることが、研究につながるのですから。

小学校だけでなく、中学校、高校、そして大学で勉強しても、まだまだ謎は残るでしょう。この世界の謎を解くことの喜びを、皆さんにも味わってほしいと思います。そして、ホーキングさんがこの本のシリーズで様々な科学の面白さを伝えてくれたように、皆さんには、宇宙はもちろん、宇宙以外の科学全般に対しても興味を持ってもらえることを願っています。

 

ホーキング博士のスペース・アドベンチャーシリーズ/岩崎書店

 

ホーキング博士のスペース・アドベンチャー(既5巻セット)

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投稿者:michelle