飼い主が犬に「なめられる」のは社会問題さえ引き起こす危険性がある~擬人化された日本の犬たちが招くトラブル~
2017年3月、小さな女の子が祖父母宅で、その家の飼い犬に噛まれ、亡くなるという痛ましい事件が起きた。この他にも、飼い犬が人間を噛み、怪我をさせるという事件が増えているという。
犬は、人間にとっては一番親しい動物だ。私たち岩崎書店では、そんな犬についての本をこれまで数多く出してきた。そのため、人間と犬とのトラブルが増えることは、私たちにとっても気がかりだし、他人事ではない。
そこで今回は、岩崎書店で犬の本を書いてくださったり、出版の際にご協力くださったりした専門家の方々に、「今どうしてこういう問題が増えているのか?」また「どうやって解決したらいいのか?」を窺ってきた。
膨張する愛犬市場
「愛犬と一緒に本格焼肉が楽しめる焼肉屋オープン」
「肉球のお手入れやネイルケアに100%天然成分のケアアイテム」
「冷蔵庫や電子レンジ、空気清浄器が完備された客室で快適な滞在を」
これらは、すべて愛犬家がターゲットの広告だ。
今やペット関連市場の売上は1兆5000億円に迫る勢い。頭数こそ減少傾向にあるが、15歳以下の子どもの数よりも多く、1頭にかける消費額は増加の一途だから、業界の業績は天井知らずだ。
かつてアニマルセラピー、コンパニオンアニマルという言葉でその存在価値を得た犬たちの格はどんどん上がって、今やどこの家でも「家族の一員」という位置づけだ。だから、提供される情報や商品も、もはや犬と一緒の旅行プランや同席できるレストランガイドなどといったレジャー関連だけでなく、犬の高齢化に伴い保険や介護、葬儀などの新たな需要に応える商品が目白押しで、人間化、いや、擬人化されているのが現状となっている。
犬はどうして擬人化され、こんなに手厚く、そして甘やかされるようになったのだろうか?
犬は動物。人間に非ず
擬人化が顕著に現れるのが「死生観」だ。
オーストラリアで獣医学を勉強し、獣医師として日本の動物病院勤務の経験のある鈴木玲子さんは、犬の扱いがオーストラリアとまったくちがうことに驚いた、と言う。
「オーストラリアでは、瀕死の状態で運び込まれた犬に延命措置はしません。つらい延命措置は苦痛でしかありませんから、治る見込みがなければ安楽死を選びます。苦しむことなく最期を迎えさせるのが飼い主の最後の務め、という考え方が受け入れられているので自然なことです」
ところが帰国後、日本の動物病院での光景に驚いたそうだ。
「『なんとかしてください!』と延命を懇願する飼い主が連れてきたのは、20歳を過ぎ老衰した猫でした。もちろん、点滴をするなど最期まで手を尽くしますが、それで数日、命が延びたところで人間の自己満足にすぎません。猫はもしかしたら苦痛に悶えているのかもしれないのです。国によって、ずいぶんとペットへの死生観が違うことを実感したし、日本がこんなにペットを人間扱いしていることに驚きました」
『警察犬になったアンズ』(岩崎書店刊)の飼い主の鈴木博房さん(警察犬指導士)も、これに同意見だ。
警察犬指導士の鈴木博房さん
「今まで飼ってきた10頭のシェパードは、病気や老衰で弱り、苦しみ、もう助からないとわかったら、迷わず安楽死を選んできました。弱ってからも生かされるのは、動物にとって苦痛でしかないのです」
しかし、「うちの子」「お宅の○○ちゃん」と擬人化してかわいがる日本人は、たとえ苦しんでいるのだとしても、動物の安楽死を受け入れられるのだろうか?
「うちの犬はすべて、獣医さんが『お別れです』と安楽死の注射を打とうとしたとき、家族みんなの顔を一人ずつ見てから安らかな顔をして逝きました。それはまるで『ありがとう』と言っているようで、最期にいい時間をもててよかったと思います」と鈴木さんは話す。
鈴木さんの家のシェパードたちとアンズ
犬らしく過ごさせることが長生きにつながる
鈴木さんは、犬の擬人化が人と犬との関係のバランスを崩している、と言う。
「家の中で犬を放し飼いしている人は多いと思います。しかし犬は、どこでも自由に移動できるとなると、家全体を支配しているから『自分がこの家のボスだ』と思ってしまい、飼い主を格下に見始めます。つまり「なめる」のですが、そうなると宅急便の人が来れば思いっきり吠え、知らない人は侵入者だと威嚇し、ときには攻撃するようにもなります。そうしてより大きな問題へと発展する危険性が高まるのですが、ただこれは犬の『格下(家族)を守る』という本能でもあるので、ある意味当然の行為なのです」
ならば、どうしたらいいのか?
「ケージの中を犬の居場所の基本とし、外に出すのは決められた時間だけというのを徹底することです。あくまでも人間の支配下にいるということを認識させ、人間が決めたルールを守らせるのです」と鈴木さん。
「うちのトイプードルのアンズも、決められた時間しかケージから出しません。朝食後と夕食後の短い時間で、家族がいるときだけ。それじゃあかわいそうだと思う人がいるかもしれませんが、犬はケージがベースになっていた方が、かえって落ち着くのです。アンズも悪さをして叱られると、癒やしを求めて自らケージに逃げ込み、寝たふりをします(笑)。ちっともかわいそうなことではありません」
リビングに置かれたアンズのケージ。1日の大半をこの中で過ごす
そして、格付けを明確にすることも大事だと言います。
「犬は、自分の格付けがはっきりしているほうが行動しやすいのです。人よりも下だと認識する方が、かえって落ち着きます。うちのシェパードのアリスは、息子が4歳のとき、何かのはずみで息子を大泣きさせたことがありました。アリスはびっくり。それ以来、”この子は守ってあげる存在だ”と認識してしまって、しばらく息子よりも格上として「お守り役」に徹するようになりました。息子が手にしたおやつには決して手を出さず、息子を見守るように後ろを歩き、よく犬小屋で一緒に寝ていました。そのときは、責任感もあったでしょうが、きっと大変だったと思います。ところが息子が大きくなると、アリスは息子に従うようになり、立場を逆転させました。そうして、息子のお守り役から解放されたのです。そういうふうに、関係性が明確な方が、犬にとっては楽なのです」
鈴木さんは犬を動物として扱い、格付けを認識させる大切さを説きます。
「とにかく犬らしく育ててあげてほしい。犬らしく、とは、自分の階級を意識させ、遊んで寝る場所を決め、ケージから出すのは決められた時間だけ、ということ。そうすれば、犬はかえってストレスが少なくなり、トラブルも減ります。それに、長生きもするようになりますよ」
擬人化された犬が起こすトラブルが社会的な問題となりニュースになる時代。
今一度、犬は何を求め、何が犬の幸せかを考える必要がありそうだ。
投稿者:mieta