「ボローニャ国際児童図書展」で感じた児童書の新しい流れ
イタリアの北部に位置するボローニャという街で、現地時間の2017年4月3日から4月6日まで、4日間にわたり「ボローニャ国際児童図書展」が行われました。私(岩崎夏海)は、岩崎書店社長という立場で現地に赴き、さまざまなことを見聞きしてきましたので、ここにご報告いたします。
「ボローニャ国際児童図書展」は、児童書のブックフェアです。1964年に始まったといいますから、もう50年以上の歴史を持つ老舗です。
その特徴は、なんといっても「児童書専門」であることで、世界でも大きなものはここだけといえます。他にライバル的な展覧会はありません。あるとすればフランクフルトのブックフェアですが、これは児童書だけではなく一般書も含めてのフェアなので、逆に児童書はとても小さな扱いとなっています。それゆえ、世界中から児童書の出版にかかわる人たちが集まってくるので、毎年活況を呈しているようです。
特に近年は、世界的に出版不況が進行する中、児童書だけは例外的に好況なため、ますます盛り上がっているところがあると思います。私は今年初めて参加したのですが、想像していた以上に多くの人たちが集まっていて、非常に華やかな雰囲気を感じました。
私が現地に赴いた目的は、主に翻訳する児童書の「買い付け」をするためです。この仕事は、以前は先代社長である叔父の岩崎弘明が担当していたのですが、社長が替わるにあたり私が引き継ぐことになったのです。
先代の弘明元社長は、海外に暮らしていた経験が長いことと、また独特の嗅覚とから、これまでいくつもの翻訳本をヒットさせてきました。『デルトラ・クエスト』シリーズや『としょかんライオン』、『ペネロペ』シリーズや『ホーキング博士のスペース・アドベンチャー』シリーズに、最近ではノーベル文学賞を獲ったボブ・ディランの『はじまりの日』なども、彼が現地に赴いて交渉し、翻訳権を獲得してきたものです。
そんなふうに、岩崎書店では翻訳本が一定の売上げを担ってきたので、事業としてはとても重要なものがあります。おかげで私にも、引き続き「多くの人々から愛される本」を見つけてくることが期待されています。その意味では、責任重大なのです。
私は、日本を日本時間の4月2日(日)の昼に出ました。
これだと、現地には現地時間で4月2日(日)の夜に着きます。その通り、日が暮れかける頃にボローニャに着きましたが、明日からのブックフェアに備えるため、この日はホテルにチェックインすると大人しく寝るだけでした。
さて、いよいよフェア初日の月曜日。私は午前10時頃に会場であるBologna Fiereに到着しました。こちらが会場を入ったところです。
岩崎書店がこのブックフェアに参加する目的は、大きく二つあります。一つは、出展している出版社の中から「日本で出したい本」を見つけ、相手の出版社と交渉すること。もう一つは、岩崎書店が出版した日本の本を、海外の出版社に売り付けることです。
ただ事業規模でいうと、「売り付け」の方は正直まだまだ小さいものがあります。日本の本は、世界ではなかなか買ってもらえないところがあるのです。「クールジャパン」などとも呼ばれるように、近年では日本のコンテンツが世界中で愛好されるという現象こそありますが、こと児童書に限っていうと、まだまだ世界に発信できていません。それゆえ、日本の児童書をどのように世界に広げていくかというのは、今後の大きな事業課題の一つともなっています。
海外のブースでは即席の立食パーティーが開かれていたりもしました。
ソファなどがある広いブースも。
ちなみに、売り付けの分野で岩崎書店で一番引き合いが多いものの一つが『怪談えほん』シリーズです。海外には、意外にもホラーを正面から取り上げた絵本(怖い絵本)が少ないため、多くの国の人から興味を持たれます。
ただ、「怪談」と銘打っているだけあって内容は日本のドメスティックな話なので、その点は海外の人にあまり受け入れてもらえません。つまり、絵やコンセプトは面白がってもらえても、内容まではなかなか受け入てもらえないところがあるのです。
これ以外にも、日本の書物はどうしても内容的にドメスティックなものが多いため、なかなか海外の人々に受け入れられないというところがあります。それに比べると、絵やコンセプトには興味を持っていただけることが多いので、今後は「内容」をどうグローバルなものにしていくかが焦点になります。
これは、「テレビ番組の海外への売り付け」がヒントになるかと思います。
例えば『風雲たけし城』や『料理の鉄人』『ガキの使い』の「サイレント図書館」などといった番組は、内容はドメスティックなものながらも、コンセプトや画面は良かったので、内容だけ海外版に置き換えて放映され、世界中で人気を博しました。そんなふうに、「内容」をどう海外に向けに変換していくかということは、絵本に限らず日本の全てのコンテンツにとって大きな課題であるということができるでしょう。
そうしたこともあって、現時点ではどうしても「売り付け」より「買い付け」の方が比重が高くなり、私の仕事も勢いそちらに集中する結果となりました。売り付けの方は、岩崎書店の担当者であるKさんが、連日世界中の顧客たちに対応し、さまざまな本たちをプレゼンテーションしてくれていました。
こちらが岩崎書店のブースです。
これはブースで一休みしているところです。後ろが岩崎書店の本です。
買い付けの初日、私たち岩崎書店はチームを組んで、さまざまな出版社のブースを巡りました。海外の主だった出版社はほとんどがブースを出展しているため、そちらに赴いて相手が売りたい本のプレゼンテーションをうかがうというのが、私たちの主な任務です。
ちなみに、買い付けをする私たちに対する海外出版社の対応は、とても丁寧かつ親切なものでありました。もちろんこちらはある意味「お客さん」なので当たり前といえば当たり前ですが、それ以外にも三つの理由があると思います。
一つ目は、「グローバル化」というのは単に日本だけの課題ではなく、海外の人にとっても(特にアメリカとイギリス以外の国にとっては)積極的に取り組まなければならない課題となっているので、「日本市場に進出できる」というのは彼らにとっても大きな魅力があるということ。それを大きなビジネスチャンスととらえているのです。
二つ目は、岩崎書店の信用があること。岩崎書店はこれまで、いくつもの翻訳本を出版し、またそれをたくさん売ってきました。そうした実績があるので、海外の人にとっては「日本の信頼できる出版社」という評価がある程度確立しているのです。
そのため、これはぼくもびっくりしたのですが、ぼくらが交渉した先方の担当者は、皆が皆、岩崎書店のことを知っていました。もちろん、ぼくらが交渉した相手はすでに岩崎書店から翻訳本を出しているところが多かったということもあるのですが、それでも、想像以上の知名度でした。
三つ目は、先代社長の弘明の評判が良いこと。これもびっくりしたのですが、私が交渉した相手は以前に弘明と交渉した方が多く、彼らのほとんどが弘明との思い出を話してくれました。弘明は、彼らにとても評判が良かったみたいです。
弘明は、ぼくと違って人なつこく、ジェントルで会話も面白いところがあるので、そういう交渉の席ではひときわ印象に残るみたいです。ぼくが弘明の甥だと知ると、皆興味深げな顔でぼくのことを見ていました。
そんなふうに、初めから非常に友好的な関係が築けていたため、交渉もとてもスムーズに進みました。中にはとても興味深い本がいくつかあり、まだ買い付けできるかどうかは分かりませんが、早速いくつかのオファーを出してきたくらいです。
海外出版社に赴いての交渉は、初日から4日間、間断なく行われました。専任担当のAさんは、30分単位で休みなくいろんなブースを移動し続けるので、大変だったと思います。
その一方、ぼくは交渉に赴くのは大手の以前から付き合いのあるところのみにして、それ以外はフリーで会場を流していました。そこで掘り出し物を見つけるためです。
すると、ここでもいくつかの興味深い本を見つけることができました。
この「会場をフリーで流す」というのも、ぼくに課せられた重要な仕事の一つでした。というのも、約束した出版社を訪問するだけだと、なかなか「新しい流れ」や「掘り出しもの」を見つけにくくなるからです。実際に買い付けに至る本は大手出版社のものが多いのですが、「新しい流れ」や「掘り出しもの」は、むしろ中小の無名の出版社から生まれることが多く、それを見つけるためには、目を皿のようにして会場中をくまなく歩き回り、「空気」や「変化」を感じることが重要となるからです。
私は、今回が初めての訪問だったため、残念ながら前回までとの「違い」や「変化」を感じることはできませんでしたが、それでも世界中の児童書の出版社がまとっている「空気」や「方向性」というものは、朧気ながらも感じ取ることができました。
それを一言で言うと「社会的な内容が多くなっている」ということです。政治や思想を反映したものが多くなっているのです。それに比べると、今少ないのが物語やフィクションです。特に、『ハリー・ポッター』の頃は大ブームだったファンタジーは、すっかりなりを潜めていました。
それは今、社会が変革期にあり、子どももそれを敏感に感じ取っているからではないでしょうか。特に西欧では、昨年のイギリスのEU離脱やアメリカでのトランプ大統領就任、あるいは移民問題やテロが大きなニュースだったので、その影響を受けたように思われる書物が散見されました。
私も、そうした「時代の変化」を感じ取っていたところなので、今後はそういう本を積極的に翻訳出版していきたいと考えています。
話は変わりますが、岩崎書店は大日本印刷さんの子会社でもあります。そのため、私たちのブースは大日本印刷さんが出されるものの中に間借りする形で出展させてもらっています(そこには同じく大日本印刷の関連会社であるPHP研究所さんも出展されています)。
このように共同出展できることには大きな利点があります。それは、大日本印刷さんやPHP研究所さんと密に交流することで、多角的、多面的な情報を得られることです。また、人手が足りないときにはお互いに助け合えることも良い点です。
日本の出版社は、他にも講談社さん、福音館書店さん、ポプラ社さん、学研さん、偕成社さん、ブロンズ新社さんなどがブースを出していました。なんと『えんとつ町のプペル』に至っては単独でブースを出していたくらいです。
さらに、今回は大日本印刷さんのAさんのお誘いで、会期中にちょっと抜けだし、ベネチアにある古文書センターを訪問することもできました。詳しい内容はここでは割愛しますが、これも非常に貴重な体験となりました。
こちらが古文書センターのコリドールです。古い教会の中に作られています。
さて、そんなふうにしてボローニャの4日間は瞬く間に過ぎていきました。開催期間中は予定がびっしりと詰まっていてとても大変でしたが、その分、非常に濃密で有意義な時間を過ごすことができました。
また、仕事の後の夜は連日会食で、全部がイタリアンでした。もちろん美味しいボロネーゼも堪能しました。この写真は、イタリアの出版社の方やDNPの方々と家庭料理のレストランで会食したときのものです。ごらんのように、児童書に携わる方はほとんどが女性で、イタリアの方も含め、なんと12人中10人が女性でした。
このようにいろんなことがあったボローニャ出張でしたが、今回は大きく三つのことを感じました。
第一は、海外にはすぐれた絵本、読み物がまだまだ多いということ。そしてある面では日本より先に行っているということを感じました。そのため、これを翻訳して日本で出版することには、大きな意義と、またビジネスチャンスがあると感じました。
第二は、日本のコンテンツを売るためには、まだまだしなければならないことがあるということ。私たちは、本の制作段階から「これを海外に売ろう」ということは、これまであまり考えていませんでした。しかしこれからは、制作段階からそれを考えなければならないという当たり前のことに、あらためて気づかされました。
第三は、社会的な作品が増えているということ。日本では、そういう本ももちろんありますが、しかしまだまだ少ないように感じます。今後は、そういう本をもっと積極的に出していきたいと思わされました。
ボローニャで買い付けてきた本は、契約がまとまれば、順次ここでもお伝えしてきたいと思います。ここまで読んでいただきありがとうございました。引き続き良い本を翻訳出版し、また自分たちも作っていけるよう頑張っていきたいと思います。
岩崎書店社長兼編集者・岩崎夏海