私って「あるある」作家だったんだ!〜絵本『いっさいはん』の作者minchiさんに聞く制作秘話〜
昨年の11月に岩崎書店より発売された『いっさいはん』。
1歳半の子どもの予測不可能な行動を描いたこちらの絵本は、全国の親御様から大変多くの反響──特に「共感の声」をいただいております!
みなさまのご愛読に感謝の気持ちを込めて、今回は作者のminchiさんにお話を伺ってきました。
作中で、愛おしい姿を見せてくれたお嬢さんも、今ではなんと小学生!
知られざる『いっさいはん』の制作裏話や、お嬢さんのお話、次回作のことなどもお聞きしました。
顔出しNGということですので、かわいらしいお面での登場です。
それでは早速、ご覧ください!
(インタビュアー:岩崎夏海)
(左)minchiさん(右)岩崎書店CEO 岩崎夏海
■出版のきっかけはTwitterから
── 『いっさいはん』はどういったきっかけから生まれた作品ですか?
minchi 子どもが生まれてから周りに友達がいない中で、一人で子育てしていると色々としんどいなぁと思うことがありまして。
「絵日記」とか「育児日記」をブログで描かれている方が多いので、自分でもちょっとやってみようと思ってアップしたのが始まりです。そのときは何個か描いてアップしてましたが、そんなに人も見にこないし、育児もしんどくなってきて途中で辞めちゃったんですよ。それを何年か後に、たまたま思い出してTwitterに載せました。そうしたらなぜか沢山リツイートされて、それを岩崎書店の編集の堀内さんが見てくださって、「絵本にしませんか?」と声をかけてくれたのが始まりです。
── なるほど。最初にブログにアップされていたのも1歳半のときのイラストですか?
minchi そうですね。
── 1歳半よりもっと前の方が大変なような気がするんですが……。
minchi そのときはもう大変すぎてそんなんをしようとも思わなかったです(笑)。
しんどいんだけど、最初の頃よりはちょっと余裕がでてきたからそういうことをしようと思ったんやろうなと思います。
── 今回の絵本はやっぱり「かわいさ」というところが主眼にあって、あまり「しんどさ」が出されてないような気もしたのですが。
minchi あんまりねぇ、自分のめちゃめちゃしんどかったというのを外に出すのが好きじゃないんですよ。苦手なんですよね。だから笑いにして間接的に出す感じになってるんだと思います。
── その「しんどさ」というのは、あくまで自分の中に閉まっておいて、描く事がストレス解消になった、ということですか?
minchi そうですね。他のお母さんとかとブログを通じて、知り合えたら面白いかなと思ったけど。まあ現実はうまくいかなかったですけどね(笑)。
── 今お子さまは何歳でいらっしゃるんですか?
minchi 今8歳で、小学校3年生です。今年の10月で9歳になります。
── では最初にアップされてたのは7年程前のことなんですね!「はっさいはん」になったお子さんは「いっさいはん」をどうご覧になってますか?
minchi そうですね。なんか嬉しそうではありますよね(笑)。自分のことではあるので。小さい頃のことをすごく聞きたがったんですよね。今もそうなんですけど、赤ちゃんに戻りたいみたいな感情が結構あるみたいで、小さい頃の自分の写真を見るのが好きだしね。
── 出版してみていかがでしたか?
minchi 思っていたよりも売れていてビックリしました(笑)。
── 何か売れるきっかけはあったんですか? 特定のツイートがすごく拡散されたなど。
minchi 買ってくれた方がSNSに写真を載せてくれて。「面白い」といったことを大勢の方が書いてくださっていたので、一人の人が何かしたからというのではなくて、大勢の人がちょこっとずつ宣伝してくださったのが、どんどん広がっていった感じですね。
── タイトルと表紙も魅力的だと思うんですが、店頭で手に取られた方が魅力を感じて、面白かったから友達にも教えてあげようということもあったんですかね?
minchi 周りに勧めてくれてはる人が多いみたいですね。あとは保育園の先生に勧められたとかいう話とか、おばあちゃんが買ってくれたとか。
── 発売されてからすごく大きな反響があったと思うのですが、その中で「意外な反応」などありましたでしょうか?
minchi 年配の方が読んでくださっているというのが意外でしたね。元々私が描いてた絵は若い方には受け入れられてたけど、年配の方には「気持ち悪い」や「わからない」と言われていたので、凄くびっくりしています。こんなに広く受け入れられることが今まで全くなかったから、もうどうしていいかわからないみたいな。逆に怖いみたいな(笑)。
──『いっさいはん』について、ご家族の反応はいかがでしたか?
minchi みんなびっくりしている状態です。そんなに売れるとは思ってなかったみたいで。むしろ、売れないことを心配してましたから。重版されないでこのまま消えたらと思っていたぐらいなので。
■これってあるあるだったんだ!
──『いっさいはん』というタイトルがすごく重要だったと思うんですけど、これはいつ頃、誰がつけたんですか?
minchi これは、堀内さん(『いっさいはん』編集担当)が最初からつけてくれてました。
── 他に候補はなかったんですか?
minchi 全くないんです(笑)。
── それほどぴったりだったんですね。全部ひらがなのところと、「いっさい」ではなく「いっさいはん」というところも魅力的ですよね。
minchi ひらがなで書いてあることによって、一瞬意味がわからないんですよね。「なんやろう?」みたいな。ここが漢字やったら、年齢なんやなってわかるけど。京都の「まいこはん(舞妓はん)」みたいなものかと思ったと、最初に誰かに言われたことがあります。
── 「あるあるすぎて」と帯に記載がありますが、「あるある」という反響が大きかったですか?
minchi 実は、自分では最初は自覚していなかったんです。自分の子どもの変な行動を描き写したかっただけなんですよね。ブログでアップしはじめたときは、大きな反響もなく、すぐ辞めちゃって、「あるある」だということを気付かずにやっていました。でもその後にTwitterに載せたときに、みんなが「あるあるやー」って。「凄い」って言ってくださって、あっ、これ「あるある」だったんだって思いました。
■7年前の記憶を呼び起こす
── 比較的絵本用に描き下ろされたものが多いと思うんですが、お父さんの登場も絵本からですか?
minchi そうです。ブログでは自分の絵日記として描いていたから、もともとお父さんは描いてなかったんですけど、絵本になるとなったら読むのはお母さんだけじゃないし、お父さんも育児されている方もいるから入れたほうがいいかなと思って。
── ネタは比較的スムーズにでてきました?
minchi スムーズには出てこなかったですね。メモをしないと忘れちゃいますよね(笑)。毎日バタバタしてて記録をとってなかったら、もう記憶の彼方になっていて。
── これ思い出せた! というのはありますか? これあったわ! とか。
minchi お腹の中に物を詰めたり、あと隠しているものを見つける能力がすごいんですよ。タンスの上の方に入れておいて、ちらっと一瞬だけ何かが見えただけでも、何か違うものがあると気付くんですよね。
沢山の物を見てないから新しいものがすぐに目に入ってくる感じなんですかね。記憶も新しいし。
── 当時の記憶はどうやって引き出したんですか?
minchi 昔に撮った写真やビデオなど、当時のものを出してきて、それを隅から隅まで見て、「あっこういうことしてたか!」とか。やはり当時のものを見ると、そのときの前後の流れを思い出して「こんなことしてたな」と。一つ思い出したらまた次のことを思い出してみたいな。そういう意味では、リサーチ作業が一番大変でしたね(笑)。
── ネタは多めに思い出して、その中から厳選したというところもあるんですか?
minchi 厳選してないです(笑)。たまたま思いついた順に描きました。何個かはみ出したのはあるんですけど、ほとんど使ってます。もう思い出せなさすぎて(笑)。
── 作り物ではなくて彼女の行動日記というか成長日記みたいな形で、真実が描かれているから、お母さんたちの胸に響くんでしょうね。
minchi やはり自分のエピソードで描かないとリアリティが出ないかな、という思いもあったし、人から聞いたとしても描くのが難しいなと。客観的になってしまうというか。
(左)岩崎書店編集部 堀内日出登巳 (右)minchiさん
── 読者の方にとっても忘れていたことが描いてあるんじゃないですか?
minchi それはみなさん仰っていましたね。昔の育児のことを思い出すという声もいただきます。
── minchiさんはやはりそういう「あるある」の才能がおありになるんだなと。大喜利的な才能もおありになるんじゃないですか?
minchi 今までそんな思いもよらなかったんですけど(笑)。面白くしようとしてしまうのは、大阪人だからかな。
■自分の好きなようにかわいく描きたい
── 絵は小さい頃からよく描かれていたんですか?
minchi はい。幼稚園の先生に絵を褒められてから描くのが好きになりました。将来は絵を描く仕事がしたいなと思って小学校3、4年生の頃に、友達の影響で漫画をすごく読むようになりました。それからノートに自分で漫画を描くようになり、高校や大学時代に投稿してたんですけど、才能ないなと思って(笑)。時間経過を描くのが下手で、場面転換したら、わかりやすくなってないといけないしね。そういう表現が苦手だったんですよね。でも絵本って断片的で間がないじゃないですか?
── 映像というより写真の様な、瞬間をとらえる能力がminchiさんにはおありになって、それが絵本を描くのに合っていた、というわけですね。絵本を描くうえで、苦労されたことってありますでしょうか?
minchi 家具とか自然物じゃないものを描くのが一番苦労しました。普段は建物とか家具とか電化製品とかあまり描かないで、自然のものばかり描いてましたね。植物とか。なので階段とか描くのがすごい難しくて。自分なりには、やってるんですけど、あとから見たらなんかね。
── 見てても気づかないですけどね。グラフィカルだし面白いなと思ったんですけどね。
minchi そのままリアルに描いてもかわいくないし面白くないので、やっぱりデザイン的にというか自分なりのフォルムで描いたりはしてます。
── そういうデザイン的なものもなさっているんですか?
minchi デザインの仕事はしてないんですけど、絵として描くものは自分の好きなようにかわいいように描きたいみたいな欲求はありますね。
── 作中の絵は水彩で描かれているんですか?
minchi これはアクリル絵具です。
── minchiさんは独特の色を作り出されていて、紫とグリーンがすごく特徴的だなと思いました。でも、普段の絵はおどろおどろしいというか、おどろかわいい絵をお描きになっているんですね。
minchi そうですね。おどろおどろしかったり、ちょっといやらしいといったら変だけど、エロティックな感じのものばっかり描いてました。
── 絵に取りかかられるときは、一日中描いていますか?
minchi 一日中描いてますね。でも子どもがいるとなかなかね、朝送り出して帰ってきて、宿題見て家事をしてね。
── だいたいどれぐらいの時間で描くんですか?
minchi 1ページで2、3日ぐらいかかってるんですよね。
── 1ページの中に複数の絵が描かれていますが、数枚の絵を組み合わせてるわけじゃないんですね。
minchi はい。原画展をしたいなと思ったんで、バラバラにするとえらいことになるじゃないですか? 数が(笑)。それで1ページごとにまとめて描いたんですよ。
── でも大変じゃないですか? 失敗したらいけないとか。
minchi そうですね。それが一番気を使いますね(笑)。
── あまり失敗しないタイプですか?
minchi 結構ね(笑)。まあ失敗しないように周りに色々ひいたりして、なるべく汚れないようにしてるんですけどね。
── 絵はほとんど原寸大でお描きになっています。つまり、かなり細かく、小さく描かれているんですね。
minchi 小さく描いてますね。小さく描く方が得意でね。色えんぴつとかちょっと使ってるんですよね。線を強調させたいとか思うところとか。ほっぺたの所とか、木目のところとか。
── これ、本番もそうですが、下描きも大変じゃないですか?
minchi そうですね、アイデア出すのとか、下書きが一番綺麗な形になるまでが大変ですね。さっさと描けるタイプではないので、形をとるのに凄く時間がかかってしまいますね。
■お父さんお母さんも読んで楽しい、新しい絵本のかたち
── 絵本をお描きになるのは初めてということで、お話がきたときにはどういうご感想でしたか?
minchi 絵本はちょっと想定外やったなぁみたいな。ブログの絵日記から本を出版となると、エッセイや漫画が多いじゃないですか? で、絵本と聞いて「えっ?!」と最初はビックリしましたけどね。
── 想定外の中で、前向きにやろうとされた理由は?
minchi 元々子どもの頃、お話を作るのが好きで、漫画家になりたくて。でもそれはちょっと自分には才能がないかなと思って途中で辞めて、一枚の絵でストーリーみたいなものを表現する方向に転換していきました。元々やりたかったことに近いといいますかね。
── 今回の作品は、不思議な絵本というか、かっちりとしたストーリーがあるわけでもなく、かといって一コマ一コマ独立しているわけでもなく、この中間のなんともいえない新しい表現になっていますよね。
minchi なんでしょうね、思うようにやったらそうなったというか(笑)。
最初はストーリーみたいな感じにしようかという話だったんですけど。自分がそれはうまくできなかっただけという(笑)。
── もう少しストーリー仕立てにされようとしたときもあったんですか?
minchi ストーリーを無理やり入れたら面白くなくなるんじゃないかなというのが自分の中にあって、このネタがバアーとならんでる状態で、みんなが面白いといってくれてるから変にお話をつけたら、面白さがそがれるんじゃないかなと自分では思いました。
── Twitter上では、連作ではありながらも、一つの流れがあったわけではなくて、オムニバスみたいな形でしたよね?
minchi バラバラのネタを並べてアップしただけという形ですね。
── 比較的大胆な形式になっているなと感じました。
minchi 自分ではあまりそういう意識はなくて、自分ではこれで面白いや! と思ってたんですけどね(笑)。
でもTwitterでいくら人気が出ても、皆さんがその本を買うかどうかというのはまた別の話なので、そういう意味では不安はありましたけどね。
── そうだったんですね。この本の今までにない新しい形が良いなと思いました。
minchi それで批判する人もいますけどね(笑)。なかなかみんなに受け入れてもらおうというのは難しいなと思いました。本来の絵本と違うとか、絵本じゃないとかいう人もいますしね。そもそも自分自身が絵本に関わってこなかったから、本来の絵本というのはどういうものなのか? というのがイマイチわかってないというか、あやふやにしかわかってないというか。
── この絵本を一番読んでいるのはお母さんだと思うんですよね。そもそも、絵本は「子ども用」と思われている方も多いんですけど、ぼくは大人が読む絵本があってもいいと思っているんですよ。もちろん両者が楽しめればそれに越したことはないと思うのですが、そういう意味ではこの本は大人も子どもも楽しめて、素晴らしい本だと思います。
■minchiさんと虫歯ちゃん
── ずっと気になっていたんですが……minchiさんのお名前の由来は?
minchi 元々サイトを始めたときに、適当につけたペンネームだったんですよ。
── ミンチ肉のミンチですか?
minchi はい。その頃は、お描き掲示板というのがインターネット上で流行ってて、ネット上で絵が描ける掲示板というのがありました。そこで最初にミンチ肉の絵を描いたんですよ。白いトレーに入ったもので。そのときに適当にミンチとつけちゃったんですよ。広まってきて変えようかなと思ったこともあるけど、名前を一回リセットしちゃうと問題もあるかなと思ったので、もういいっかこのままでみたいな。
── 名前の由来はよく聞かれますか?
minchi 聞かれます(笑)。でもあんまり意味ないんです。というのが心苦しいんですけどね。
── あと、このインタビュー中気になっていたのが、つけてらっしゃるお面のキャラクターです。「いっさいはん」にもこっそり登場してますよね?
minchi はい。これは「虫歯ちゃん」です。
もともと歯のフォルムが好きで、ぬいぐるみやフィギュア、グッズを作ってました。
── お嬢さんが実際に愛用してた虫歯ちゃんのぬいぐるみはまだあるんですか?
minchi 今もずっと持ってます。家に帰ってきたら、ぬいぐるみを服の胸のところにいれるんですよ。鳩胸みたいになるんですけど(笑)。それぐらい気に入ってますね。いまだに学校から帰ってきても「虫歯ちゃんは?!」って言ってね、毛がヨレヨレになっちゃってぺちゃんこになってますけどね。
■次回作もご期待ください!
── minchiさんの他の作品も読みたいって声が出ているんじゃないでしょうか。
minchi 続編を、と言ってくれてる方もいますが、続編は、無理だなって(笑)。「にさいはん」とかね(笑)。
『いっさいはん』が上手くいきすぎたから、これと同じものを求められるとねえ(笑)。
── でも、求められますよね(笑)。
minchi それがちょっと難しいなと(笑)。かといって全く新しいことをやってもまた違うと思うし。
── だから中間を狙わないといけないんですよね。期待に応えつつ良い意味で裏切るみたいな(笑)。難しいんですけどね。
やっぱり、この「1歳半」という年齢が絶妙だったということはありますか?
minchi そうですね。こっちの言っていることがわかっているのかわかってないのかね。人間と赤ちゃんの間みたいなね。
── ここでご紹介できる、何か今後の具体的な活動はございますか?
minchi 実は今、次回作を描きはじめています。乳歯ちゃんというキャラクターも出てきますよ!
いかがでしたでしょうか。
minchiさんの記憶を思い起こすのに苦労されたお話や、制作の裏話がとても印象的でした。
そんなminchiさんの描かれた『いっさいはん』、全国の書店で絶賛発売中です。
みなさまも、もしよろしければminchiさんが描くかわいい絵と、あるあるエピソードをお楽しみいただければと思います!