そんなところまで打ち合わせするんですか!? 壮大な世界が広がる『いきもの特急カール』(前編)
岩崎書店から発売した絵本、『いきもの特急カール』の刊行イベントが、3月11日に青山ブックセンター本店にて行われました。
『いきもの特急カール』が完成するまでの道のりを、作者の木内達朗さんがラフ画なども含めて振り返っていきました。
そして今回は、木内さんたってのご希望で、100%ORANGEの及川賢治さんにも、お越しいただきました。
司会は『いきもの特急カール』編集担当の、岩崎書店社長岩崎夏海でお送りします。
木内達朗 きうちたつろう
1966年、東京都生まれ。
国際基督教大学教養学部生物科卒業後、渡米。Art Center College of Design卒業。
イギリスRoyal Mailのクリスマス切手、ニューヨーク・タイムズのイラストレーション、ペンギン・ブックスの書籍装画など国際的に活動。ボローニャ国際絵本原画展、アメリカン・イラストレーション年鑑等入選。2005年講談社出版文化賞さしえ賞受賞。
及川賢治(100% ORANGE)おいかわけんじ
イラストレーター。 100% ORANGEは及川賢治と竹内繭子の2人組。
東京都在住。
イラストレーション、絵本、漫画、アニメーションなどを制作している。
木内さんのオリジナル、新感覚機関車絵本
木内達朗さん(以下 木) 本日はたくさんの方にいらしていただいて、どうもありがとうございます。そして、イベントのタイトル「本における絵の価値ってどれほどなんですかね? を考え、語る1時間半」という、ちょっと難しいタイトルが、知らない間についてたんですよね(笑)
(会場笑い)
及川賢治さん(以下 及) 木内さんが随分難しいタイトルをつけてきたなって、ハラハラしてたんですけど(笑)、ご自分でつけたんじゃないんですね。
岩崎夏海(以下 岩) 許可も得ずに僕が勝手につけました(笑)。それでは、お二人ともよろしくお願いします。
木 まずは、この絵本を作ることになったきっかけを、話していこうと思います。最初は、岩崎さんからメールで絵本制作の依頼がきました。僕は絵を描くだけだと思っていましたが、いざお会いして話を聞くと、文章も含めオリジナルとして、作ってほしいということだったんです。今まで、オリジナルで作った絵本は、『のっていこう』という福音館書店から出ている1冊だけなんですね。
及 『のっていこう』いいですよね。
木 ありがとうございます。しかも機関車トーマスにかわるような、シリーズで長く愛されるものを作ってほしい、という具体的な依頼がありました。
もともと、イラストレーターというのは、依頼主からテーマがきて、そのテーマの範囲内で、何か面白い絵を作るという仕事だと思っています。そういった意味では、俄然やる気が出ました。
及 その依頼は、結構ハードル高い依頼ですよね?(笑)
木 ちょっと高いですよね。それで、イラストレーターとしての職人魂を発揮しそうになっている場面をお見せします。
(会場笑い)
(右)木内達朗さん
及 すごいですね。
木 1番最初に描いたものが、1番上の左に描いてあるものです。しかし前に顔をつけると、それこそトーマスになってしまうので、独自の機関車にするためには、顔は前でない方がいい、と思って描いたのが、上の列です。そんな風に、試行錯誤している間に、右の上から2番目の様に、毛がもじゃもじゃしてきて、次第に犬らしくなってきました。それで岩崎さんにお見せしたところ、犬の機関車は珍しいので、これでいこうということになりました。
岩 そうでしたね。作家の方が持つ最初のアイディアって、何気なく出されている方も多いんですけど、すごく重要なんですね。僕は最初のテーマは出しましたが、そこからは、木内さんから出てきたものを、最大限活かそうと思っていました。
及 いやぁーこのスケッチ、惚れ惚れしますね。
木 え、そうですか? ありがとうございます。
岩 1番右下の絵は、本編のシーンに繋がったんですよね。
木 そうですね。駅の中に置いてみたら、どういう感じかなというのを描いてみたところです。機関車って車輪が大きくて、わけの分からないパイプみたいなものが、たくさんついているんですよね。
及 描きたくないものの、1つですよね(笑)
(会場笑い)
木 それが、僕は意外と好きなモチーフで、及川さんも、オートバイをご自身の作品の『SUNAOSUNAO』でよく描かれているじゃないですか?
及 オートバイの、上の方は好きなんですけど、下の方はあまり好きじゃないです(笑)
木 エンジンとかはね(笑)
(会場笑い)
キャラクターの世界観作りからはじめました
(左)岩崎夏海(右)木内達朗さん
木 絵本作成の順番としては、まずキャラクターを考えて、それができたらいきなりストーリーにいくのではなく、キャラクターの世界観を作ります。どういうところに住んでいるかなど、バックグラウンドを綿密に考えた方がいいと、岩崎さんからアドバイスをうけました。
及 映画的な作り方ですね。
岩 そうなんです。木内さんのイラストをお好きな方は、ご存知だと思いますが、木内さんは絵として映っているところだけではなく、雰囲気といった「世界」も描かれるんですね。例えばゴルフ場のイラストで、オーガスタという実際にあるコースを描かれていますが、ただ模写しているだけではなく、試合中の全体の空気みたいなものを、表現されています。そういった絵を見ていて、木内さんは「世界」を構築するのが得意だという確信があり、カールの世界を考えてもらうように頼みました。
及 僕もそれは昔からすごく感じていて、木内さんの絵は、セットを最初に構築して、その中に自分のカメラを1番いい場所に据えて、撮影しているといった感じですよね。
木 そうですね。そういう風にしか画面を考えられないというか。
及 だから描いていない部分まで感じ取れますよね。僕はそのまま映っているところしか、考えないタイプなんですけど。
木 それは憧れますね。ただ、世界を頭の中に構築するのはいいですが、絵本はストーリーがあるので、辻褄を合わせるのが、すごく難しいんですよね。特に絵本は進行方向があるので、構図の制限がされたり、乗客が前のページと同一人物でないといけないから、服の色に気を配ったり。
及 かなり気にしてますね。
木 あとは、時間によって光の入り方を変えて、影の方向も気にしています。
岩 木内さんの言葉で印象的だったのが、ある絵本が、ページによって窓格子の数が違うのを見て「格子の数、適当でいいんだ」って、すごくショックを受けてらっしゃって。
及 僕そのタイプですね。
木 それでいいんですね。自分がやっぱり変だったんですかね。
及 タッチが違うというのもあるかもしれないですが。しかし、そうすると絵作りがかなり大変ですよね。
木 ですね。大変です。いつも本当に苦労して。どうしてもこの進行方向で、この向きでこの時間だと、主人公が影の中に入っちゃうからどうしようとか。くだらないことを悩んでる。
及 いや、それすごい、それ面白いです!
(会場笑い)
木 でも電車っていうのが、乗り物のなかでもすごく難しくて、車両が長いので、少し斜めになっただけでも、どのぐらい窓が見えるかとか、パースの具合とかもわからない。カールもシリーズ化するのはいいけどこれから先が大変だな(笑)
及 でも僕は自然に何も考えずに読めました。
木 自然に読んでもらえるように、僕は苦労して死にそうになりました(笑)。でもそう言っていただくと、やったかいがありました。もっと及川さんみたいに大胆にいきたいんですけど、こういう細かいことをやってくれる人だという認識をされて、こんなタイプの仕事ばかりが増えるんです。
及 辛いループですね。
木 辛いですよね(笑)
(会場笑い)
レイヤーがたくさんあるので、ファイルが重いんです……
木 『カール』で構築されている世界観が最初のページにプロローグとして描いてあります。
及 これスターウォーズですよね
(会場笑い)
岩 そうですよね(笑)。まだできあがる前の原稿を、近しい人たちに見せたら、伝わらないところがあって、そもそもカールは何者なのかといった質問があったので、ある程度説明が必要なんじゃないかと、悩みながらも、木内さんにプロローグを書いてもらいました。
及 奥行きがすごいですよね。
木 たしかにそうですね。これは、1枚目の見開きで、スイスやヨーロッパの雰囲気をモデルにしました。
及 すごいですよね。本当にこういう場所があって、木内さんがカメラをここに持ち込んでいるようですね。
木 インターネットの画像を参考に、アレンジして描いています。
岩 街並みのリアリティがすごくありますよね。僕はこういう絵を見ると、道を辿りながら、ここの横に入ったら、どういう風景が広がるのかなと、想像しながら見るので、大人もそういう風に楽しんでくれるのではと思っています。かなり初期の段階で、この絵を描いてくださって感動しました。
及 リアルな感じもある中で、でも実はディテール1個ずつを見ると、リアルには書き込んでないんですよね。
木 そうですね。比較的シンプルな。
及 1個ずつは、それほど立体でなくても、構図がいいから、小さい人物であっても存在感がぐっと出てくるのが、また不思議な世界ですね。平面っぽさもあるけど、立体感もあって、全体で見ると、ぐっと量感があります。
木 その辺は結構意識してるかもしれません。昔パラッパラッパーというゲームが流行って、あれはペラペラなキャラクターが3次元で動くのが、すごく衝撃的だったんですよ。あの雰囲気が自分の中ですごく好きで。
木 これが駅のシーンですね。天井や右側の楕円形のものなど、昔の東横線の渋谷駅がモデルになっています。
及 まず構造があって、そこにキャラクターがいるんですね。僕の場合だったら、キャラクターをまず描いて、後ろに、まぁしかたないから背景描く(笑)。逆ですよね。状況の中にキャラクターが小さくいる。
木 うーん、めんどくさいことは確かなんですけど。
岩 乗客がたくさんいて、手がかかりますよね。
木 そうですね。僕の場合はレイヤーがすごく多くて、キャラクターを好きなところに動かせるように、人物も髪の毛や服など、全部別のレイヤーになってるんですよ。
※レイヤーとは→主にグラフィック・ソフトで使われる機能で、「階層」を意味します。
レイヤーを使うと、複数の絵を重ねることができるので、あとから位置をずらしたり、上下関係を入れ替えるという操作が簡単にできます。
及 本当ですか?
木 はい。実際に見ていただくためにデータをもってきたので今開きますね。
及 あ……開かないんだ、容量が重すぎて(笑)
(会場爆笑)
レイヤーがたくさんあると、データが重くなるそうです
木 開きました。で、この右側がレイヤーなんですけど……。
下にずーっとスクロールできるくらい、レイヤーがたくさんあります!
木 どれだったけな……
及 いやー、もうわかんなくなってる(笑)
木 自分でもわからなくなってるんですよね。
(会場笑い)
木 あと影は1枚のレイヤーでまとまっているので、消すとこういう状態です。
影あり
影無し
及 あー消えた! 影がないのもいいですね。あー、でもあった方がいいかも。悩みます。
(会場笑い)
木 迷うでしょ。迷うんですよ。どっちがいいかなって。永遠に迷って終わらないんです。
岩 それこそ木内さんは、キャラクターを動かせるように、こういったレイヤーを分けて描かれているんですよね。
木 そうですね。構図を作るといっても、最初から完璧な構図はできないので、なんとなく動かしながら決めています。
あとは、人物を動かすことができるので、他の仕事にも使っていて、これを「派遣」と言っていますが、人材を派遣しているんですよ。
(会場爆笑)
木 画面の中にたくさん人を描いて欲しいと、気軽に言われることがあるんですけど、それは実はなかなか辛いことじゃないですか。それでこういうところから派遣しています。服や、肌の色もばらばらのレイヤーにしていると、簡単に変えられるので。
及 便利なのか便利じゃないのかよくわからないですね(笑)
木 たぶん異常だと思いますけど(笑)
木内さんが、実際に絵を描かれている様子は、こちらでご覧いただけます
カールの名前の由来は社会学者
木 これはカールが家の中でご飯を食べているところです。最初何を食べる動物なんだろうと考えていて。
及 謎の果物。
木 そうです。この果物のモデルになっているのは、カカオなんですよね。ラグビーボールみたいな、ちょうどこの実のような形をしています。木の高いところになっているので、カールは取りにいけなくて、サルが実を採ってくるんですね。それで、カールに実を砕いてもらって、中身は自分で食べて、殻はカールが食べます。共生しているんですよね。
岩 コバンザメとサメの関係に、似てますよね。
木 だからいつもサルが、カールの頭の上に乗って、一緒に行っていろいろとアドバイスをしてくれます。
及 このウルリッヒやカールの名前の由来はなんですか?
木 社会学者の名前で、カール・マルクスとウルリッヒ・ベックからとっています。次回作に、他のキャラクターを出すつもりですが、それも社会学者の名前でいこうかなと思っています。
及 なぜ社会学者なんですか?
木 うーん。なぜですかね。社会学者の宮台真司の動画を見ていて、こういう人たちの名前がでてくるんですよね。それが頭の中にあって、キャラクターに名前をつけるときに、シリーズ化を目指すのであれば、もととなるものを考えておこうと思っています。
及 じゃあそのうち「シンジ」とか(笑)
木 まさしく、柴犬っぽいやつは「シンジ」がいいかなと思っていました。
(会場笑い)
木 それでサルの方はどうしようかなと思って、指揮者のレナード・バーンスタインからレナードという名前をとりました。カールの上にのって、指揮している感じもあるので。
及 素敵ですね。
前編はここまでです。木内さんと及川さんの対照的な絵の取り組み方に、会場は笑いに包まれました。そういったお二人の違いを、互いに尊敬し合いながら、後編は更に踏み込んだ話に移っていきます。
このまま、後編もお付き合いをよろしくお願いします!
(後編)http://www.iwasakishoten.site/entry/karl/talk2
投稿者 大塚芙美恵