職員室が変わるとき!? 〜横浜市立富士見台小学校の取り組み〜
昨今教育現場では、先生の多忙化が問題視されています。
学校現場での業務の効率化が求められる中で、今年の4月に文部科学省の新しい取り組みとして「学校業務改善アドバイザー派遣」を始めることが発表されました。
民間や大学から選ばれたメンバーが、業務改善を希望する全国の小中学校に派遣され、業務の効率化などのアドバイスを行う取り組みです。
そこで今回は、民間企業とともに業務改善活動にいち早く取り組んできた横浜市立富士見台小学校にお話を伺ってきました。
プロジェクトリーダーである事務職員の上部さん、副校長の場家先生、そしてアドバイザーのコクヨ株式会社ワークスタイル研究所の齋藤さんにお話を伺いました。
(左)富士見台小学校上部充敬さん(中央)富士見台小学校場家誠副校長先生(右)コクヨ株式会社齋藤敦子さん
職員室が変わる!? その内容は?
── 職場環境改善プロジェクトが立ち上がったきっかけを教えてください。
上部 職員室が雑然としていて、働きづらい環境だったので、上手に使いこなしたいという思いがありました。また教職員が忙しく、自分の仕事をこなしていくので手一杯で、教職員同士の個性が混じりにくい状況だったんですね。そういった、非効率な部分や知識・経験の継承が上手くいきずらい状態を改善しようと、当時の校長を筆頭に職場環境改善プロジェクトを2011年度に立ち上げました。
── 6年前からプロジェクトは動き出していたのですね!具体的な活動内容を教えてください。
上部 「職員室のレイアウト変更」「ラボの設置」「校務のICT化」等を行いました。
■「職員室のレイアウト変更」~情報の共有を目指す~
上部 従来の机の配置だと、管理職とその他教職員の机の距離が遠く、報告があるまで管理職が情報を把握しにくい現状がありました。そこで端に配置されていた管理職の机を、全体を見渡せる中央に移動しました。そうすることによって学年ごとで完結していた情報を学校全体で共有できるようになっていきました。
【改善前】
↓
【改善後】
中央の管理職の机
── 今まで私の思い描いていた職員室よりも整理されていて、明るい雰囲気です!
上部 また、中央にコミュニケーションスペースを作り、先生同士が話しやすい環境を作りました。中央にコピー機を移したので先生たちが自然と集まってきて、教職員同士が話し掛けやすく、助けやすい雰囲気になりました。
中央のコミュニケーションスペース
中央のコミュニケーションスペース
中庭のコミュニケーションスペースも新設
■「ラボの設置」~書類の共有化~
上部 書類を共有する棚の設置を行いました。その棚を「ラボ」とよんでいます。 行政文書として保存しなければならない書類が、年度ごとにファイリングされて棚に入っています。教職員が個人で管理していたものを1つの場所にまとめ、書類の管理と共有が容易になりました。
ラボで書類を管理
■校務のICT化 ~朝子どもたちを笑顔で迎えるために~
(ICT=Information and Communication Technologyの略語で「情報通信技術」と訳される)
上部 学校用グループウェアのミライムを導入しました。ウェブ上での情報共有や、電子掲示板での意見交換を行っています。導入の経緯は、毎朝行われる教職員の打ち合わせが長く、子どもたちが登校する時間になっても教室にいけないという状況がありました。子どもたちを笑顔で迎えたかったので、情報の共有化について、そしてICT化について考えました。ミライムを導入して、朝の打合わせが長い時で15分あった状態から、平均5分をきるようになりました。
── 導入にあたり、自治体からの特別な援助などありましたか?
上部 横浜市教育委員会事務局教育政策推進課では、業務改善を目指す学校に対して、予算配当を行う事業を行っています。全ての学校に配当されるわけではありませんが、本校は、初期に応募し、グループウェア導入試験校に選定され予算のバックアップを受けました。
齋藤 富士見台小学校は自ら企画してプロジェクトを進めていますが、横浜市の支援がなければ実現できないこともあります。自治体が積極的に現場と連携していくことが重要です。
ミライムで情報交換
── 掲示板はどういった活用をされていますか?
上部 例えば担当者が、「図書で何か欲しい本はありますか?」と投稿すると、様々な教職員から「○○が欲しい。」「△△の本は買えないの。」といった意見が寄せられ、議論や意見が見える化されています。
齋藤 学校の場合、先生方が揃う時間が限られているので、グループウェアの掲示板を活用すると、コミュニケーションは取りやすくなると思います。民間のオフィスで情報化というと、話し掛けた方が早いじゃないって議論がよくありますが、職員室はむしろICT化から得られるものが多いと思います。
民間企業の働き方を参考にプロジェクトを継続していく
── 齋藤さんとはどのように出会われたんですか?
上部 ある程度プロジェクトが進み、行き詰ったときに、齋藤さんの書かれている『コクヨ式 机まわりの「整え方」 社内で実践している「ひらめきを生む」3つのコツ』という本を読みました。その本が素晴らしくて、更に学びたくなり、「齋藤さんに会おうと!」と実は裏で様々な人脈を使いました(笑)。2015年の夏にコクヨのショールームでお会いしてから、職場環境改善のアドバイザーとして、相談に乗ってもらっています。
── 齋藤さんからみて富士見台小学校の印象はいかがですか?
齋藤 富士見台小学校のいいところは、現在進行形で職員室の使い方を発展させている点です。職場環境改善を長期に渡って取り組んでいます。そして、校長先生や副校長先生をはじめとしたマネジメントと、上部さんのように「教職員の働き方」を客観的に見られる方が、チームを組んで盛り上げているのが特徴的です。みなさん自分の働く環境を変えていこうという姿勢が育っているのを、外から見ていて実感しますし、回を重ねるごとに先生方自身が真剣に悩みながらも楽しんでいます。私もこの学校に来ると楽しいです。
現在行われている取り組み
── 現在も継続的に行っているプロジェクトを教えてください。
上部 「職場改善プロジェクト」「机周り整え方プロジェクト」「色々な会議のやり方プロジェクト」が動いています。教職員が数人ずつのグループになってプロジェクトを進めています。
── 「職場改善プロジェクト」とは?
上部 職場で感じる不便を話し合い、改善していく活動です。学校の職場しか知らない教職員が多いので、コクヨのライブオフィスを見に行き、オフィスカイゼン委員会を参考にして話し合いをしています。
── コクヨさんのオフィスカイゼン委員会とはどのような取り組みでしょうか?
齋藤 オフィスって改善しても時間が経つにつれ、もとに戻ってしまうことが多いですよね。「オフィスカイゼン委員会」ではオフィス環境を快適な状態に維持する取り組みを行っています。具体的には月に1度オフィスカイゼン委員に選ばれた人が集まり、コピー機の紙の置き場所など、どんな些細なことでも良いので意見を出し合って、オフィスを進化させています。ライブオフィスには様々な企業や学校の方が見学に来られて、実際に働いている姿を見ながら、自社のオフィス改善について考えるきっかけづくりにされています。
カイゼン委員会公式HP
職場改善プロジェクトの話し合い風景
── コクヨさんの働き方を参考にしながら、プロジェクトが進んでいるのですね。他にはどういった取り組みをされていますか?
上部 「机周りの整え方プロジェクト」です。職員と意見交換をしている中で、机周りを片付けないことには情報の共有化は進まないだろうということから始まりました。大きく分けて3つの取り組みがあります。1つ目のクリーンタイムは月2回行っています。5分間時間を設けて、全教職員で片付けを行っています。
クリーンタイム実施
2つ目はラボを運営する活動、3つ目は机周りの何を片付ければいいかというのをみんなで勉強しようと研修会を開いている活動です。この3つで動いています。
── 研修会はどのようなことを行っていますか?
上部 研修会の内容をどうするか悩んでいたとき、齋藤さんから「職員室の中に一人は片付け方のプロがいるはずですよ。」という助言をもらいました。その片付けのプロの先生によるオリジナルの研修会を開いています。先生の名前に因んで「ARAIゲーム」と呼んでまして(笑)。ゲーム感覚で片付けをしていくんです。
── 「ARAIゲーム」楽しそうですね。具体的には?
上部 内容は、自分の机の中に入っているものを付箋に書き出して、その付箋と、グラフを使って「自分の机」「ラボなどの共有の棚」「廃棄」「電子化」といった適切な場所に振り分ける研修会でした。その後、早速変化があって、週案という授業の計画書を、ラボで共有することになりました。
共有文房具
引き出しのない机も実験的に導入
── 「色々な会議のやり方プロジェクト」というのは、どういったことをされていますか?
上部 先生たちが会議を行うとき、せっかく集まったのに、顔を伏せて手元の資料を読むといった、いつも同じパターンで進められていました。そこで、それぞれの会議の性質に合ったやり方とそれを支える環境を考えていこうとしています。このプロジェクトには、齋藤さんにアドバイザーとして入ってもらっています。
齋藤 基本的に民間企業でも小学校でも、「会議」が目的化することが多いです。そういった中で小学校は特に組織体=会議となっていて、委員会があるから会議を持たなければいけないと、みなさん思い込んでいます。例えば連絡事項だけの会議ならミライムの掲示板で済みますし、意思決定やアイディアを出さないといけない場合は集まる必要がある。まず会議の現状と目的についてプロジェクトの中で議論しました。初めは、それぞれの考え方が違っていて紛糾しましたが、議論を見える化したり本音で話しをすることで徐々に変わっていったんです。
上部 あの議論後、刺激を受けた教務主任が会議の改革に着手しました。会議の回数を減らし、会議日を設定しました。各校務分掌の主任は、会議を必要と判断した時に、主体的に、その会議日に会議を設定できるようになりました。加えて、掲示板を上手く活用しています。会議の時間が減れば、その分教材研究や、コミュニケーションの時間に充てられると思います。
場家 職場環境改善を始めて、コミュニケーションの質の変化を感じています。プロジェクトを進めるにあたって「会議って何のためにやるのか」だったり、「学校教育の根っこにあるものは」といった「根本の部分」を話し合うようにしています。そういったコミュニケーションの取り方は、日々変化していく教育現場において、とても重要だと思います。本校の様な取り組みを横浜市全体で行うには相当の壁はありますが、こういう変化が他の学校にも広まれば、学制始まって以来百何年の教育がもしかしたら劇的に変わるかもしれません。そうすれば、今多くの教職員が感じている学校教育のちょっとしたしんどさもなくなるかなと。そもそも教育する意味を考えることは、仕事のやりがいを感じられることにもなりますよね。
齋藤 職員室を通して横の繋がりがあると、全体の学校の教育の中でもすごく良い影響がありますよね。何か起きた時に解決能力の高い組織になると思います。
── プロジェクトが継続できている要因は?
齋藤 進化し続けること、人が入れ替わっていっても続けられることを目指して、成果とプロセスを見える化して教職員にフィードバックしていることが鍵といえます。また、先生方は教育者として子どもたちと向き合うことを大事にするので、ご自身の働き方に関しては無頓着になりがちです。すべてはここで学んでいる子どもたちのために、社会のために、自分たちの働き方を変えることがいかに大切かというのを紐付けるのが、とても重要だと思います。
上部 また、プロジェクトを引っ張っていくリーダーがビジョンをもっていることが重要だと思います。自分が退職するまでに実現させたい「教職員の働き方」がビジョンとしてあるので、そこに向かう方策を手を変え品を変え打っています。
── ビジョンですか?
上部 私のビジョンといっても、大したものではなくて、それこそコクヨ等の様々な、ショールームに行って学んだことなんです。例えば、コクヨで子育てや介護を抱えている社員の方が働けるのは、柔軟な働き方やフリーアドレスなど様々な工夫をされているからですよね。そういった工夫を学校にも取り入れることができれば、育児や介護をしている教職員も働きやすくなるのではないかと思っています。在宅勤務ができるような職場にするなど、いろいろと考えてます。
── そういった働き方を目指すためにこのプロジェクトをすすめてきたのですね。
上部 はい。ビジョンの一つです。仕事の効率化であったり、コミュニケーションを取りやすい職員室にしたりすることにより、育児や介護を両立している教職員が「周りに負担をかけている」ということを感じなくて済むように、そういった思いを抱えることなく子どもたちと向き合えるようにしたいと思っています。
事務職員上部さんの熱意
── 最初から先生方は前向きな捉え方でしたか?
上部 最初はそれこそフィードバックやビジョンの共有ができていなかったので、教職員からの反発は多かったです。失敗もたくさんありました。
齋藤 6割ぐらい当たればいいと思いますよ。
上部 最近嬉しかったのが、ある先生が「このレイアウト活動を続けてほしい。続けることで意識が変わり続けるから」と言ってくれました。最初の1、2年は反発が多かったですが、ここ1、2年は、前向きな意見がポンポン出てくるので、成果が出たかなと思います。
── なるほど。フィードバックやビジョンの共有により、先生方の意識が変わってきたのですね。
上部 「他の小学校と比べて劇的にいいかというとそれはまだよくわからない。ただ環境が変わり続けることで、効率的な働き方を意識するようになった。」と、ある先生は言っていました。
── なぜ上部さんは様々な苦労をされながらも、めげずに実行できているんですか?
場家 そうだよな(笑)。事務室を綺麗にしていれば、職員室がどうであろうと、上部さんは別に困らないわけで。
上部 そうなんですよね(笑)。
上部 私は実は教育学部出身で教員経験者なんですよ。前任校で部活を持っていて痛感したのが、教職員に力がないと子どもたちを幸せにできないということだったんです。だから子どもたちのために何か教職員の集団として常に力を上げ続ける努力をしないと、子どもたちが輝けないと思いました。事務職だから教育分野は関係ないとは思えませんでした。
── そういった上部さんの想いが周りの先生へ伝わっていたのですね。
場家 でしょうね。今日2、3、5年生が体力テストを行っていて、去年より20~30人増えている中で、予定より1時間以上早く終わりました。もちろん直接的に関係しているかはわからないけど、子どもたちの行動に少なからずいい影響が出ていると言えると思います。
広がる職場改善の波
── 周りの小学校の反応はいかがですか?
上部 ありがたいことに、ここに様子を見に来て、実行に移した学校もありますし、来月も他校の事務職員が視察に来ます。
齋藤 去年と一昨年、セミナーを開催し、横浜市の小中学校の教職員の方々が100人程いらっしゃいました。去年のセミナーでは、聞くだけではなく対話をしてもらおうと思って、ワークショップをやりました。他の学校からの改善事例も多数出てきて、とても盛り上がりました。富士見台小学校の教職員も、外から聞かれることで振返りにもなっているようです。さらに、他の学校との経験知を共有することで、より解決策の幅が広がると思います。
上部 セミナー自体は独自に行っていますが、横浜市教育政策推進課と連携をとっています。業務改善校として支援された予算をあてたり、教育政策推進課の職員が、セミナーの宣伝や当日準備等を手伝ってくれていました。
──自治体とも連携されているのですね。
上部 はい。これから学校業務改善アドバイザー派遣も始まるので、職場環境改善の取り組みは増えると思います。
── 最後に目標をお聞きかせください。
上部 今年度に関しては、私以外の人が運営できる状態を完成させたいと思っています。職場の変化に合わせて、職員がアイディアを出し続けるような環境、仕組みを整えていくのが目標です。また、今年異動していった職員が「君は富士見台から来たんだよね。じゃあ業務改善やって。」っていきなり言われたらしくて(笑)。
セミナーなどを開いて土壌を広げてきたので、他の学校に異動をしても改善活動を行いやすい環境が少しでき上がったのかなと思います。
まとめ
お話を伺う中で驚いたことは、一人の事務職員が「子どものために」という熱意で、先生方の意識を変えていったことです。齋藤さんと先生方の距離感の近さや、コクヨさんの取り組みをうまく学校に取り入れている姿に民間と学校がチームになることの有効性を感じました。
横浜市教育委員会事務局教育政策推進課の予算面でのバックアップの様に、自治体がいかに積極的に支援していくかも重要な鍵となってきそうです。
文部科学省の「業務改善アドバイザー派遣」もはじまり、ますます先生の働き方が変化していきそうですね。
それでは、最後までお読みいただきありがとうございました。
お話の中で出てきた齋藤さんのご著書です↓
コクヨ式 机まわりの「整え方」 社内で実践している「ひらめきを生む」3つのコツ
- 作者: 齋藤敦子
- 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川書店
- 発売日: 2014/05/31
- メディア: 単行本
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投稿者:大塚芙美恵