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ピアノを習うと脳が育つ?(2)東大ピアノの会の会長さんに話を聞いてみた

名だたるピアノ・コンクールのアマチュア部門(アマコン)上位入賞者には、高度な専門分野(医師・研究者・弁護士・経営者など)の本職で活躍している方が多いことを知り、前回は、実際に昨年のアマコンで優勝した東大卒の医師、西村英士さんにピアノと仕事の両立の極意などを伺いました。今回はさらにヒントを探ろうと、西村さんが大学時代に所属していた「東京大学ピアノの会」(以下、東大ピアノの会)へ潜入。同会OBの木下淳さんにご紹介いただき、会長さんにお会いしてきました!

「授業が終わってから」と指定された夕刻に、同会の主な活動場所である東大駒場キャンパスへ。音楽系サークルがひしめく建物では、廊下でも所狭しと、フルートやヴァイオリン、サックス、はたまたエレキギターやドラムなど、様々な楽器を練習する姿が見られましたが、残念ながらこちらの撮影はNG。入り乱れる楽器音の部室棟?を早々に退散し、キャンパス内のカフェでお話を伺いました。

 

東京大学ピアノの会

東京大学ピアノの会
(左)第8代会長(OB)木下淳(きのした・じゅん)さん JK ARTS代表
(中)第40代会長 方 大樹(かた・だいき)さん 理科Ⅰ類 2年
(右)神戸愛生(かんべ・よしき)さん 法学部第Ⅰ類 3年

 

<東大ピアノの会 概要>
● 設立:1974年
● 会員:約200名 インターカレッジ制(東大生6~7割と音楽大学など他大学生)
● 主な活動場所:東京大学駒場キャンパス
● 主な活動内容:演奏会(年4回)、他大学ピアノサークルとの合同演奏会など

 

東大生はピアノでも論理的に細かく分析する

 

── こんにちは。天下の東大駒場キャンパスに入ったのは初めてでドキドキします。ちょうど前期の中間テストが終わったところとお聞きました。

 

 そうですね。束の間勉強から解放され、サークル活動にいそしむ学生が多い時期です。

 

── 会室を覗かせていただきましたが、楽譜棚とテーブル…そして、スペースの半分以上をグランドピアノ2台が占拠していますね。部屋の外からは大音量の音楽が聞こえてきました。

 

 隣の部屋がバンド系のサークルなので、ピアノの音がかき消されてしまうこともありますが、同じ室内でもピアノ2台がそれぞれ別の曲を弾いていることもあります。

 

── 先ほど、方さんと神戸さんが同時に別の曲を弾いているところを拝見しましたが、傍で見ていると何を弾いているのかさっぱりわかりませんでした。相当な集中力が必要とされますね。

 

神戸 新入生にも最初は驚かれますが、不思議なもので、次第に慣れてこの環境でも弾けるようになります(笑)。

 

── 東大ピアノの会には音楽大学の方も所属されていますが、なぜ、わざわざ音大生が入会されるのでしょうか。

 

 彼らに聞くところによると、ある程度のレベルの高さも理由のひとつではあるようですが、音大とは別の観点や好みで音楽を味わえるのだそうです。そんな評判を聞いてか、師事されている先生や先輩に薦められて、興味を持ったという方も多いようです。

 

── 興味深いですね。別の観点とはどんなイメージなのでしょう。ちなみに、内部生はどんな学部の方がいらっしゃるのですか。

 

神戸 なぜか、圧倒的に理系の学部が多いですね。ちなみに、医学科の学生のみが入れる「鉄門ピアノの会」というサークルもあるのですが、両会に入会している医学生もいます。

 

── 「東大」とつくからには、やはり学問だけでなく、ピアノの演奏レベルも高いのですか。

 

 サークルのコンセプトが「ピアノを愛する人々が集い、交流を深める」ですので、演奏のレベルはさまざまではあるのですが、幼少期からコンクールでの入賞歴があるなど、名が知られていたメンバーも少なからずいます。でも、演奏レベルだけでは語れない、ピアノへの愛が異常なほどある人間の集まりでもあります。とはいえ、ピアノへの向き合い方は、感性というよりは論理的ですね。曲の構成や解釈などを細かく分析したうえで、どのように演奏するか組み立ててから弾く、という傾向があります。

 

常に新しいものを取り入れたくなる

 

── 他大学のピアノサークルとの交流はありますか。

 

神戸 「東京六大学ピアノ連盟」という団体がありまして、年に6回合同演奏会を開催し、他大学のピアノサークルとも交流しています。実は、彼らと交流していると、「東大ピアノの会のメンバーは、他大学よりキャラクターが濃い」と言われることが多いです。

 

── と言いますと?

 

 まず、あまり知られていない曲の演奏が多いということ。演奏会のプログラムを組むのは代表の仕事の一つなのですが、曲目の半分以上が知らない曲だったり、作曲家すら聞いたことがないことも結構あります。調べても情報がなかなか見つからないどころか、その演奏会での演奏が、その曲の初演だったこともあります。

 

── そういえば、先日取材した西村英士さんのCDが、まさにそんなラインアップでした! なぜそういった傾向があるのでしょうか。

 

 もちろん、理由は人それぞれだとは思いますが、全体的な傾向としては、あまり一般に知られていない曲を弾くことに喜びを感じる会員が多い気がします。西村さんもお話しされていた通り、東大ピアノの会に入会すると、先輩や仲間たちが、初めて聴くような曲を次々に演奏したり、その作曲家や曲の解説などを熱く語る場面に遭遇することになります。すると必然的に新しい知識が増えていき、会員同士でそれらの曲の演奏を披露しあうという状況になるのです。その喜びを一旦味わってしまうと、結果として常に新しいものを取り入れないと飽き足りなくなってくるのかもしれません。

 

── それが代々受け継がれていく伝統になりつつあると。

 

 そうですね。演奏するだけの会ではなく、会員同士刺激し合って、さらにピアノ愛を深め合う活動も行っています。たとえば、西村英士さんのインタビューで話題にされていたマルク=アンドレ・アムランの初来日公演(1997年)は、OBの木下さんが中心になって企画されたと聞いています。

 

東京大学ピアノの会アムラン初来日公演の資料を見ながら、招聘時のエピソードなどで盛り上がるお二人。 

 

細く長く続けることも選択肢に

 

木下 当時東大ピアノの会の先輩や後輩と、日々アムラン氏の演奏の素晴らしさを語り合っていたのですが、待てど暮らせど来日の話が来ない。ならば、断られて当然という覚悟で「招聘したい」と申し出たら、意外とすんなりOKがもらえたのです。会場やチケット、彼の宿泊ホテルの手配から宣伝活動にいたるまで、すべて当時の仲間で行いました。公演は大成功で、その成功体験が現在の私の仕事につながっています。

 

── 木下さんは現在、音楽事務所と映像制作の会社を経営されていますが、電気メーカー在籍時にワルシャワで開催された「第2回アマチュアのためのショパン国際コンクール」で第3位という経歴をお持ちです。仕事をしながらピアノを続けることに対し、後輩の皆さんへのアドバイスはありますか。

 

木下 大学生の彼らにも言えることですが、お子さんの勉強と習いごとの両立について悩む親御さんにもお伝えしたいのは、習いごとは「続けるかやめるか」という二択ではなく、「細く長く続ける」ことも、選択肢のひとつとだということです。例えば「ピアノは毎日練習しなければすぐ下手になる」と言われることもあります。しかし、プロをめざすのでなければ、そこまでの勤勉さは不要ではないでしょうか。勉強や仕事が忙しいときには、しばらくお休みしながら続けていくという方も多いですし、それでも、十分上手に弾いていらっしゃいます。無理せずに付き合っていくのが、長く続けられる秘訣ではないでしょうか。

 

── 確かに、やめてしまったらそこで終わりですものね。前回お話をうかがった西村さんも、外科医に専念されていた当時はピアノを弾く時間がまったく確保できなかったとおっしゃっていました。中断することがあっても、結果的に続けていくことに意義がありそうです。ありがとうございました!

 

最後に、現会長の方大樹さんに、幼少時からのピアノと勉強のエピソードをお聞きしました。

 

「東大に入ったら東大ピアノの会の会長をやろう、と決めていました」

 

東京大学ピアノの会

 

4歳からピアノを始めた方さん。幼少期からコンクールに挑戦するほど熱中するも、小学校3年生には音楽ではなく勉強の道へ進むことを決めていた

 

ピアノは毎日1~1.5時間、中学受験の直前まで練習に励んでいました。当時、囲碁が得意な友人と「好きなことを続けながら受験しよう」と励ましあったり、ピアノを続けながら中学受験することを応援してくれた個人塾の先生の協力があったから、両立できたのだと思います。

 

楽譜を読むのが人一倍速く、5~6曲暗譜してはレッスンに通っていた

 

幼児期には電車の駅名や路線図、小学生になってからは漢字や社会科など、文字を覚えることが好きだったため、中3までは文系志望でした。ところが高校進学前に、父の知人が勤める大学の化学系研究室へ見学に行ったところ、モノをつくり、それを人に還元していくという仕事に魅了されたのです。当時、理科や数学は得意とは言えず、文系に進むべきかと考えていたのですが、その研究室の先生が「自分の得意、不得意ではなく、好きか嫌いかで決めなさい」と助言してくださったのです。不得意だけど好きなことだってあるし、逆に得意でも、実はそんなに好きではないこともある。そこはよく考えて決めたほうがいいよ、と。その言葉が、理系転向の大きなきっかけになりました。

 

いっぽう中学2年時、校内のクリスマスコンサートでの演奏に校長先生が注目。神奈川県高等学校文化連盟主催のコンクールへの出場を勧められ、高校1年で出場。みごと優勝する

 

当時、他のコンクールで思うような成績が残せず、音楽がわからなくなり、勉強との両立は無理なのではないかと諦めかけていたところだったので、嬉しかったですね。さらに校長先生の勧めで、学内コンサートの運営団体を立ち上げ、1年間代表を務めたのですが、優秀で個性豊かな友人たちが多い学校内で、ピアノという特技のおかげで、先生方や同級生に覚えてもらえたのです。この経験で、人生においてピアノが自分の武器になる、という自信がつき、ピアノをやっていてよかったと心から思いました。

 

子どもの頃は「なぜ自分だけゲーム買ってもらえないの」と反抗したことも

 

もし手元にゲームがあれば誘惑に負けて遊んでしまうので、勉強の時間もピアノの時間も削られ、今ここにはいなかったはずです。だから今は、「ゲーム機を与えてくれなくてありがとう」と親に感謝しています(笑)。しかも、勉強に疲れたからといってゲームやスマホに向かうと、休憩のつもりが、実は頭は休めていない気がします。そんなときは、音楽や外で運動するほうが、意味のある休憩になると思います。勉強に没頭すると、次第に頭がヒートアップしてぼーっとしてくるのですが、そんなときにピアノを弾くと、頭がすっきりしてリフレッシュできるのです。しかも、ピアノを弾き終えた後は勉強への切り替えもスムーズにできるので、とてもおすすめです。ピアノと勉強では、使う脳の部分が別なのではないでしょうか。ちなみに、がーっと一気にやる短期的な集中力もピアノで養えたと思います。

 

社会人になってもピアノはずっと続けていきたい

 

チャンスがあれば在学中、卒業後を問わず、コンクールにも挑戦したいですね。在学中にコンクールに挑戦する諸先輩方の姿を見て刺激を受けることも多いですし、仲間たちとお互い切磋琢磨してよりよい演奏をめざし、うまくいけばいい結果を手に入れられるかもしれない。これからも常に目標を掲げながら、ピアノとつきあっていきたいと思います。

 

インタビューを終えて

東京大学ピアノの会

サークル室では、超絶技巧な難曲で知られるカプースチンのエチュード1番を、さらりと演奏披露してくださった方さん。インタビューでも、さわやかな笑顔を絶やさず、けれど「これだけは一番に」という情熱を持って語るお姿は、まるで皇室のご婚約で話題の○○王子のよう。完璧すぎるように見える傍ら、実は高校時代に学内コンサート運営団体の代表仕事に没頭しすぎたため、大学受験は一年浪人したという人間らしい一面もあって、失礼ながらホッとしました。ピアノを習うことで目上の方と一対一で話すことも多かったご経験から、言葉遣いの大切さを熱く語られるなど、人間力の高さにも目を見張るものがありました。

さて、方さんのお話にも出てきたとおり、ピアノと勉強は脳の別の部分を使って、お互いに作用し、能力を高めあっているのでしょうか。ほかにも、東大ピアノの会の会員に共通するという、「感覚よりは論理的」「キャラクターが濃い」そして「常に新しい知識を身につけ演奏することに貪欲」などの特徴も気になります。ということで、次回はピアノが脳にどんな影響を与えているのか、脳科学者の澤口俊之先生に聞いてみたいと思います!

 

!朗報!

取材(2017年6月)から2ヵ月後、東大ピアノの会会長の方大樹さんが、第41回ピティナ・ピアノコンペティション全国決勝大会グランミューズ部門Yカテゴリー(高校卒業以上、22歳以下を対象としたソロ部門)で第1位に輝きました。インタビュー時には「チャンスがあればコンクールにも挑戦したい」と仰っていましたが、着々と準備を進め、みごと栄冠を手にした方さん。おめでとうございます!

ピティナ・ピアノホームページ

http://www.piano.or.jp

(2017年8月21日追記)

 

関連記事:ピアノを習うと脳が育つ?(1)高度な専門分野で活躍するアマコン覇者~医師・西村英士さん

www.iwasakishoten.site

 

投稿者名:michelle