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おばあちゃん世代が孫と語らい合うための本を作りたいと思いました

岩崎書店から新しく『おばあちゃんがこどもだったころ』という絵本が出ました。

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おばあちゃんがこどもだったころ

おばあちゃんがこどもだったころ

 

 

 

この本は、今は珍しくなった「合紙絵本」という体裁になっています。
「合紙絵本」とは、文字通り「紙を貼り合わせて作る絵本」のこと。この体裁で作ると丈夫で頑丈、あと比較的安価で作れるという利点があるのですが、スマートさに欠けるところもあるので、最近はあまり使われなくなりました。

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合紙絵本形式の絵本。
 
この絵本は、岩崎書店CEOである岩崎夏海と、彼のアシスタントである須藤雅世さんによって編集されました。

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須藤雅世さん(ボローニャ・ブックフェア会場にて)
 
そこで今回は、須藤雅世さんにこの絵本についてお話をうかがってきました。
どうしてこの絵本を作ったのか?
どのような思いで作られたのか?
それでは早速ご覧ください!

 

2017年4月22日に、岩崎夏海と私が編集した新しい絵本が出ます。

題名は『おばあちゃんがこどもだったころ』。

コンセプトはタイトルにそのまま表れていて、今現在おばあちゃんになっている世代が子どもだった頃のことをお話にし、絵本にしました。

「おばあちゃん」と一口にいっても、もちろん年代は幅広いです。現在でいうと、最も多いのは団塊の世代(1940年代後半生まれ)か、そのちょっと下の1950年代前半生まれではないでしょうか。

その世代は今、年齢でいうと60歳代。そうなると、息子や娘はだいたい30歳代くらいだから、お孫さんがまだ小さなお子さん、というケースも多いと思います。

そうしたお孫さんたち(だいたい21世紀生まれ)とおばあちゃん世代が交流するとき、おばあちゃんは孫たちに「自分が子どもだった頃」のことを伝えようとするのではないのか?

そのとき、両者をつなぐ媒介となるコンテンツがあるといいのではないか?

——そう考えたのが、この企画の発端でした。

絵本というのは、もともと「読者」が買うものではありません。小説でもマンガでも、基本的にはその読者が買うことが多いのですが、こと絵本に限っていうと、読者たる子どもが購買するのではなく、彼らの親や祖父母が購入する場合がほとんどです。

ですから絵本は、読者に向けたコンテンツでありながらも、同時に読者以外(父母、祖父母)にアピールしなければならないという難しさを持っています。

そういう中で、どうせだったら祖父母——特におばあちゃんに喜んでもらうような絵本があってもいいのではないか?——そう考えたのが、この企画の発端でした。

というのも、おばあちゃん世代が育ったのはとても特殊な環境だからです。戦後の、あるいは20世紀後半の、世の中が大きく変化する時代の真っ只中でした。

そのため、今は当たり前にあるものでも、おばあちゃんが子どもの頃にはなかったものがとても多い。あるいはその頃にはあっても、今は消えてしまったものもたくさんあります。

 

例えば「電話」。
おばあちゃん世代が子どもだった頃は、まだ電話のない家が多かった。そのため、「お隣に電話を借りにいく」という光景がそこかしこで見られました。

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昔はお隣の黒電話を借りていた(絵本『おばあちゃんがこどもだったころ』より)。

その後、電話は普及して、一時は全ての家庭に常備するくらいにまでなりました。

ところがさらにその後、携帯電話が現れ、再び家から電話が消えつつあります。21世紀生まれの子どもの中には、「家電」を見たことがない人もいるのではないでしょうか。あるいは彼らにダイヤル式の電話を渡すと、ほとんどが「どうかけるのか分からない」と言います。

 

そんなふうに、おばあちゃん世代と今の子どもたちとの間には強烈な「世代間ギャップ」があるのです。だから、おばあちゃんが口頭で子どもの頃のことを説明しても、上手く伝わらない場合もあるのではないでしょうか。

そんなとき、「おばあちゃんがこどもだったころ」を表現した絵本があれば、おばあちゃんも説明しやすいし、今の子どもも読みやすい。そうして両者をつなぐ絶好の媒介になる——そうした考えから、今回の本を企画するに至ったのです。

そこで私たちは、次にそれを表現してくれる作家さんを探しました。
その作家さんには、一つの難しい条件を求めました。それは、「古い時代を違和感なく表現しつつ、現代の子どもにも通用するような絵を描いていただく」というものです。もっと端的にいうと、「おばあちゃん世代も21世紀生まれも両方好むような絵を描ける」ということです。異なった二つの世代のどちらにも通用するような、骨太の魅力を持った絵が必要でした。

 

そういう絵を描ける作家さんは、実はなかなかいないと思います。というのも、おばあちゃん世代が好ましいと思う絵はたいてい子どもには古くさく感じられるし、逆に子どもが好きな絵はおばあちゃん世代の多くがアレルギーを感じてしまうからです。
そうかといって、その中間を狙った絵は「二兎を追う者は一兎をも得ず」で誰からも好かれないものになってしまうから、加減がとても難しい。そういう高いハードルの下に、私と岩崎夏海は、インターネットを中心にイラストレーターさんを探しました。

 

すると、そこで見つかったのが菅沼孝弘さんでした。私たちは、特に彼のこの絵に惚れ込んだのです。 

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『あ・うん』の装画(菅沼孝弘さんのホームページより)。 
 
この絵は、菅沼さんが「東京装画賞」というコンテストで入選したときの作品で、向田邦子さんの『あ・うん』をイメージしたものです。

この絵が素晴らしいのは、その「影」の表現です。「影」というか、「闇」といってもいい。

昔の、それこそ団塊の世代が育った頃の家屋というのは、今と違って開口部が小さく、おかげでとても暗いものが多かった。真っ昼間でも、いや真っ昼間だからこそ、家屋の奥に「闇」というものが存在し、それが独特のビジュアルを形作っていたのです。

おばあちゃん世代に「懐かしい!」と思ってもらうためには、こうした「闇」の表現は避けて通れません。そう考えると、菅沼さんはこの企画にぴったりだと思ったのです。

そうして2015年の秋(今から1年半前)に執筆を依頼したところ、ありがたいことにご快諾をいただきました。そうして絵本を作っていただけることとなったのです。

 
ただ、そこはもちろんゴールではなく、スタートでした。
私たちはまず、主人公の生年を「1953年」に設定することから始めました。それまで、ざっくりと「戦後」ということは決めていたのですが、それを「1953年」に設定することによって、より大きな「時代の変化」が表現できると考えたからです。

というのも、日本がダイナミックに変化し始めるのは高度経済成長が始まった「1955年」くらいからなのですが、ここに生年を合わせると、いろいろな歴史的できごとを入れ込むことができるからです。

特に、高度経済成長が終わる頃のことは欠かせないと思っていたので、1953年生まれにしました。この年だと、まだ大人になりきらない19歳で「浅間山荘事件」を体験することになります。私たちは、「浅間山荘事件」を時代を象徴するとても重要な事件だったと考えているのです。

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70年代前半、テレビのニュースが浅間山荘事件を伝えている(絵本『おばあちゃんがこどもだったころ』より)
また、主人公の名前は「和子」、弟の名前は「昭」にしました。これはもちろん「昭和」にかけたもので、二人にこの時代を象徴してもらおうとしたからです。もちろん、この頃実際こういう名前が多かった、ということもあります。二つの名前とも「名前ランキング」のベスト5に入っていたはずです。

f:id:iwasakishoten:20170425141041j:plain1950年代、まだ舗装されていない道路で遊ぶ和子と、間借りしている二階の部屋からそれを見ている母とまだ生まれたばかりの弟、昭(絵本『おばあちゃんがこどもだったころ』より)

さらに、生まれ育った場所にはやっぱり変化の激しい「東京」を設定しました。私たちが伝えたかったことの一つが「時代とその変化」なので、こうした設定は欠かせなかったのです。

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高度経済成長時代の東京が舞台(絵本『おばあちゃんがこどもだったころ』より)

それらの設定が決まると、今度はその時代の文化や風俗、事件を綿密に調査することにしました。
和子が物心つきはじめた1950年代後半は、一体どんな時代だったのか?
そこにはどんな文化があり、どんな事件が起きたのか?

そういう目であらためて調べてみると、一番色濃かったのはやっぱり「高度経済成長」です。例えば和子が幼かった当時はまだ舗装された道路が少なく、子どもたちは雨が降るとどろんこになる土の道で遊んでいました(上の絵を参照)。あるいはフラフープが流行ったので、公園や空き地では多くの子どもたちがそれを回して遊んでいたりもしました。

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「空き地」で遊ぶ子どもたち(絵本『おばあちゃんがこどもだったころ』より)

今「空き地」といいましたが、今ではあまり見られなくなった「空き地」が当時はたくさんあり、子どもたちの格好の遊び場となっていました。また団塊の世代を中心として増え続ける人口に対応するため、いくつもの「団地」が急ピッチで建てられたのもこの頃です。そうした世相を反映して、はじめは住宅不足で親戚の家に間借りしていた和子の家族も、小学校に上がる頃には団地に引っ越すこととなるのです。

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建てられたばかりの真新しい団地に引っ越す和子の一家(絵本『おばあちゃんがこどもだったころ』より)

そういうふうに調べていくと、この頃は本当に次から次へといろんなできごとがありました。
「三種の神器」と呼ばれたテレビ・洗濯機・冷蔵庫が普及し始めるのもこの頃ですし、和子が11歳のときには当時を象徴する巨大イベント「東京オリンピック」も開催されました。

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「白黒テレビ」で東京オリンピックを観戦する和子(絵本『おばあちゃんがこどもだったころ』より)

さらに60年代後半から70年代前半(つまり和子の思春期)にかけては、アポロが月に行ったり大阪万博が開催されたりと歴史的なできごとがある一方、受験戦争が過熱したり学生運動が激化したりして、段々と暗いできごとも増えていきました。当時はそんな、まさに絵に描いたような「激動」の時代だったのです。

 
この絵本の編集を担当した私たちは、図々しくも作家の菅沼さんに、そうした要素の「全て」を盛り込んでほしいとお願いしました。もちろん、これらを全部入れ込んでしまうと百花繚乱的になって焦点がぼやけるかもしれないという恐れはありました。ただ、「百花繚乱的で焦点がぼやける」ということこそが、逆におばあちゃん世代が生まれ育った時代そのものだったのではないかとも考えて、結局それを貫き通しました。この激動の時代を生半可に整理するのではなく、あえてごった煮のまま詰め込んだ方が、むしろおばあちゃん世代にとってリアリティのあるものになるのではないかと思ったからです。

そうした趣向に菅沼さんも賛同してくださって、彼は驚異的な集中力と粘り強さでもって、変化の激しいこの時代を一つ一つ、計32ページの「絵」に落とし込んでくださいました。

そうした菅沼さんのご苦労は、筆舌に尽くしがたいものがあったと思います。私たち編集者は、単に「そういう時代を描いてください」とお願いするだけですが、しかし実際に描くとなると、菅沼さんは「見たことがない昔のこと」を描かなければならないので、本当に大変だったはずです。画家さんというのは、普通は実際にあるものを見て描くものですが、今回の場合は過去のことを描かなければならないとはじめから決まっていたので、その手段が失われていました。

そのため、当時の資料を粘り強く調べていただくということも不可欠だったのですが、しかしこういう絵は調べたからといって簡単に描けるものではありません。もちろん写真などは参考になるものの、それをそのままトレースするわけにもいかないですし、またいざ絵を描くとなると当時の雰囲気や空気感なども表現しなければならないため、写真を見ただけでは分からないことも多いのです。

そのため、当時の映像を見たり、あるいは文献を読んだりといった補完作業が欠かせませんでした。さらに、それでも分からないところは人に聞いたり、あるいは作家的な想像力を駆使して描かれていたのです。

その気の遠くなるような作業を菅沼さんは、1年半というこれまた長い時間をかけ、完遂してくださいました。その献身的な姿に、私たちはただただ畏敬の念を抱くばかりでした。

そうしてできあがった絵本が、今回の『おばあちゃんがこどもだったころ』です。デザインは松岡史恵さんにお願いしました。松岡さんには、内容に合わせた昔風のすばらしい表紙を作っていただけました。装丁も、昔よく見かけた「合紙本」形式にしてもらい、おばあちゃん世代がノスタルジーを感じられるような仕上りになっています。

さらに推薦文には自身もお孫さんがいる「おばあちゃん」であり、高度経済成長の当時から活躍しつつ今なお現役の歌手であられる森山良子さんに書いていただきました。

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森山良子さんの推薦文。
 
森山良子さんは、この本の主人公である「和子」が憧れる存在でもあるので(本の中にもちょっと出てきます)、お引き受けいただいたことは何よりの喜びでした。

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森山良子さんのポスターを壁にかけながら受験勉強をがんばる和子(絵本『おばあちゃんがこどもだったころ』より)

それもこれも、菅沼さんの素晴らしい絵があったからこそだと思います。この絵は、はじめはおばあちゃん世代と今の子どもたちに親しんでもらえればそれでいいと考えていたのですが、結果的にはそれ以外の世代にも訴えかける、誰の心にもノスタルジーを喚起する不思議な魅力をもった作品となりました。

この本は、おばあちゃんおじいちゃんにはもちろん、それ以外の世代の方々にもぜひ手にとって見ていただきたいと思っています。そして、おばあちゃん世代が生まれ育った60年前(1950年代から70年代)は一体どういう時代だったのかというのを、菅沼さんの絵だからこそ伝わる雰囲気や空気感まで含めて感じ取っていただきたい。

そしてぜひ、この絵本をきっかけに「会話」をしていただきたいです。電話のこと、車のこと、テレビのこと、家のこと、東京オリンピックのことなど、「昔と今はこんなに違うんだよ」というのを確かめ合って、楽しい語らいのきっかけとしてほしいです。

それが、この本を編集し終えた私たちの切なる願いです。

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『おばあちゃんがこどもだったころ』を持った須藤雅世さん。
おばあちゃんがこどもだったころ

おばあちゃんがこどもだったころ

 
編集担当・須藤雅世(談)